駅のホームで、ちょっとしたやり取りを見た。
片方は、やたら気を遣っている。
相手の顔色をうかがって、言葉を選び、相手の反応に過剰に反応する。
もう片方は、普通に話しているだけ。
笑うときは笑い、嫌なことには軽く線を引く。
不思議なことに。
優しくしているのは前者なのに、
大事にされているのは後者だった。
この違和感、見覚えないか。
その違和感の始まり
職場でもよくある。
頼まれごとを断れない人。
「いいよ」と笑って引き受ける人。
自分の仕事を削ってでも、人の分までやる人。
周りから見れば「優しい人」。
でも、なぜかこうなる。
・仕事を押し付けられる
・雑に扱われる
・感謝されない
一方で、いる。
ちゃんと断る人。
無理なことは無理と言う人。
でも、必要なときには手を貸す人。
なぜか、その人は軽く扱われない。
むしろ、頼られる。
この差は何だろう。
■ 違和感の正体
結論から言う。
それは
「境界線があるかどうか」だ。
優しさそのものじゃない。
優しさを「どう使っているか」だ。
境界線がない優しさは、消耗する。
境界線がある優しさは、価値になる。
違和感になぜ気づけないのか
ここがやっかいだ。
人はこう思っている。
「優しくしていれば好かれる」
「我慢すれば関係はうまくいく」
「嫌われたくないから受け入れよう」
全部、善意だ。
でも、この善意がズレる。
優しさが「自己犠牲」に変わると、
相手からはこう見える。
「この人は断らない人」
「この人は押しても大丈夫な人」
つまり。
尊重ではなく、消費される。
さらに厄介なのは、
本人がそれに気づきにくいことだ。
だって「いいこと」をしているつもりだから。
違和感は少しずつズレていく
このズレは、ゆっくり進む。
最初は小さい。
「まあいいか」で済むレベル。
でも、積み重なる。
・頼まれすぎる
・断れない
・疲れる
・でも笑う
そしてある日、ふと思う。
「なんかしんどい」
ここで初めて違和感が形になる。
でももう遅い。
相手から見れば、それは「通常運転」だ。
今さら変えようとすると、こうなる。
「え、どうしたの?」
「冷たくない?」
「前はやってくれたのに」
つまり。
優しさの設定ミスは、後から修正が難しい。
違和感とどう向き合うか
じゃあどうするか。
答えはシンプルだ。
優しさを「選ぶ」こと。
全部やる必要はない。
やりたいことだけやる。
無理なものは断る。
相手の期待より、自分の基準を優先する。
それだけでいい。
そしてもう一つ。
ナメてくる側の問題もある。
ああいう人たちは、相手を選んでいる。
誰でもいい。
「いけそうな相手」にだけいく。
井戸の中で威張るカエルみたいなものだ。
自分の世界が狭いから、
目の前の相手で優劣を作ろうとする。
だから、必要以上に悩む必要はない。
「この人、世界狭いな」
それくらいでいい。
優しさでなめられる人と尊敬される人の違和感の正体|まとめ
優しさは、弱さじゃない。
でも、使い方を間違えると
ただの都合のいい人になる。
境界線を引ける優しさは、尊敬される。
境界線を捨てた優しさは、消耗する。
そして忘れがちだけど。
ナメてくる側も、別にたいした存在じゃない。
ただ、自分より小さい世界でしか
生きていないだけだ。
だったら。
その世界に合わせる必要、ある?

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