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学童の違和感|「子どもが好き」だけでは壊れる仕事だった

人間関係の悩み

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夕方の学童には、独特の空気がある。

ランドセルを床に投げる音。
お菓子の袋を開ける音。
走る足音。
泣き声。
怒鳴り声。

そして、その全部を同時に見る大人。

最初は、「子どもが好きだから」で飛び込める。

むしろ、その理由しかない人も多い。

子どもを笑顔にしたい。
安心できる居場所を作りたい。
自分も、優しい先生になりたい。

でも、現場に入ると、理想はすぐ壁にぶつかる。

「話し込みすぎないで」

「触らないで」

「一人だけ特別扱いしないで」

笑顔で寄ってきた子どもを、距離を取るように促す。

そのたびに、

「あれ…自分は何をしてるんだろう」

と思う。

子どもを守る仕事のはずなのに、気づけば“怒られないように動く仕事”になっていく。

この違和感。

実はかなり根深い。

その違和感の始まり

学童で最初に苦しくなるのは、“優しさ”が否定されたように感じる瞬間だ。

子どもは新人に寄ってくる。

若い。
優しそう。
反応してくれる。

特に、家で十分に甘えられていない子ほど、人との距離を一気に詰める。

ずっと隣に来る。
ずっと話しかける。
触ってくる。

新人側も嬉しい。

「信頼されてる」

と思う。

でも現場では、それが危険信号になる。

なぜか。

学童は、一人の子を見る場所じゃないからだ。

100人近い子どもがいる。
走る子。
喧嘩する子。
突然泣く子。

その中で、一人に集中すると、“見えていない事故”が増える。

だからベテランほど、意外と距離を取る。

冷たいのではない。

全体を見ている。

新人はそこを誤解しやすい。

「もっと優しくすればいいのに」

と思う。

でも現場側からすると、

「今は好かれることより、事故を起こさない方が優先」

なのだ。

違和感の正体

この違和感の正体。

それは、

「学童は“理想の教育現場”ではなく、“崩壊しないよう維持する場所”だから」

だ。

かなり身も蓋もない。

でも現実はそっちに近い。

しかも、現場は慢性的に人手不足。

低賃金。
高ストレス。
責任は重い。

そのうえ、保護者対応まである。

だから学童は、“理想”だけでは回らない。

現実的なルールが増える。

距離を取れ。
深入りするな。
全体を見ろ。

新人からすると冷酷に見える。

でも、それくらいしないと現場が崩れる。

さらに厄介なのが、子ども側も“大人の弱さ”を驚くほど見抜くこと。

優しい。
反論しない。
押し切れそう。

そう感じると、境界線を試してくる。

暴言。
嘘。
暴力。

もちろん全員ではない。

でも子どもには、“無邪気な残酷さ”がある。

そこを理解せず、「好かれたい」で入ると、かなり消耗する。

違和感になぜ気づけないのか

たぶん、多くの新人が勘違いしている。

「子どもに好かれる人=良い支援員」

ではない。

本当に必要なのは、“安全を維持する力”だ。

例えば。

子ども同士がぶつかる。
泣く。
片方が「先生に叩かれた」と言う。

その時に必要なのは、“感情”ではなく“整理”だ。

誰が。
なぜ。
どう動いたか。

そこを冷静に見る必要がある。

でも新人ほど、

「嫌われたくない」

が先に来る。

だから必要以上に謝る。

すると子ども側も学習する。

「この先生は押せる」

と。

もちろん、最初から完璧にやれという話ではない。

ただ、“子どもが好き”だけでは現場は回らない。

これはかなり残酷な事実だ。

しかも、施設長側にも事情がある。

過去に事故があったのかもしれない。
保護者クレームが続いたのかもしれない。

だから過敏になる。

説明不足なまま怒るのは問題だ。

でも、“神経質になる理由”自体は存在している場合が多い。

違和感は少しずつズレていく

怖いのは、“理想の崩壊”だ。

最初は、

「子どものために頑張ろう」

だった。

でも次第に、

「怒られないようにしよう」

へ変わる。

ここから一気に苦しくなる。

子どもを見るより、施設長の顔色を見るようになる。

すると空気が硬くなる。

子どもはその空気を敏感に察知する。

荒れる。
騒ぐ。
トラブルが増える。

そしてまた注意が増える。

悪循環だ。

さらに、真面目な人ほど壊れやすい。

「もっと寄り添いたい」

と思う。

でも現場は、

「まず安全管理」

を要求する。

この温度差が、かなりしんどい。

しかも、学童って成果が見えにくい。

大事故が起きなかった。

それが“成功”だったりする。

でも、それって達成感になりづらい。

だから理想とのギャップで疲弊する。

違和感とどう向き合うか

ただ。

ここで完全に絶望しなくていい。

むしろ、その違和感を持てる人は、たぶん感受性が死んでいない。

大事なのは、“優しさの方向”を変えることだ。

ずっと一人に寄り添う。

それだけが優しさではない。

全体を見る。
距離を取る。
ルールを守らせる。

これも優しさだ。

かなり地味だけど。

例えば、本当に良い支援員って、“目立たない”。

ずっと空気みたいに全体を見ている。

危険を先回りして潰している。

子どもから人気者とは限らない。

でも、事故が少ない。

空気が安定している。

実はそっちの方が、現場では価値が高い。

新人の頃は、それが分からない。

でも少しずつ、

「好かれること」

「守れること」

は別だと理解していく。

そこが学童の難しさであり、現実なのだと思う。

「学童の違和感|『子どもが好き』だけでは壊れる仕事だった」|まとめ

学童は、思っていたよりずっと泥臭い。

優しさだけでも。
熱意だけでも。
笑顔だけでも。

回らない。

だから現場には、距離感が生まれる。

冷たく見えるルールも増える。

新人は、その現実にかなり傷つく。

でも。

その“違和感”は、間違いではない。

理想と現実のズレを、本気で感じた証拠だから。

たぶん学童って、

「子どもを笑顔にする場所」

というより、

「今日も全員を無事に帰す場所」

なんだと思う。

かなり地味だ。

ヒーロー感もない。

でも、その地味さを毎日積み上げている人達のおかげで、放課後は今日も崩壊せずに済んでいる。

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