大人になれば、生理をからかうような言葉とは無縁になると思っていた。けれど、初めての職場で体調を崩した私に、50代半ばの男性社員は一言を投げた。「冗談だよ」で片づけられた言葉は、なぜこれほど心に残ったのか。

冗談という言葉を足されても、傷ついた事実は消えなかった。このあと私は、我慢する以外の方法を探すことになる。
「なんだ? 生理でもきたのか?」
少し体調を崩していたとき、職場で突然そう言われた。口にしたのは、当時50代半ばほどの男性社員だった。
すぐに「冗談だよ」と付け足された。けれど、先に投げられた言葉まで冗談に戻るわけではない。
中学生の頃にも、生理の話題に過剰に反応し、女子生徒をからかう男子生徒がいた。大人になれば、そんな空気からは卒業できると思っていた。
ところが、年齢だけではデリカシーまで自動更新されないらしい。
なぜこの言葉が、これほど強いモヤモヤとして残ったのか。振り返ると、問題は生理という言葉だけではなく、傷ついた側にまで笑う役を求める「冗談」の使われ方にあった。
中学生の頃から嫌だった「生理」を使ったからかい
私の通っていた中学校では、生理の話題が出ると過剰に反応する男子生徒がいた。
はっきりといじめるわけではない。ただ、くすくすと含み笑いをする。
その曖昧な空気が、とても嫌だった。
露骨な攻撃ではないからこそ、嫌だった理由を説明しにくい。けれど、笑いの材料にされている側には、確かな不快感が残る。
当時は、大人になればそうしたからかいはなくなるものだと思っていた。学校を出て、社会に出れば、生理を面白がるような言動とは離れられる。そう考えていた。
しかし、初めての職場で、よく似た感覚にもう一度出会うことになった。
初めての職場で50代の男性社員から向けられた言葉
初めて就職した職場は、男女の比率が同じくらいで、さまざまな年代の人が働いていた。
最初は居心地のよさそうな職場だと感じた。ところが、年齢も立場も違う人たちと接するうちに、思いもしなかった言動に驚くこともあった。
特に、親子ほど年の離れた一部の男性社員から、デリカシーに欠ける言葉をかけられることがあった。
会議の内容を必死に覚えようとしていた新人時代
新人の私にとって、幅広い年代や役職の人が集まる会議は緊張の連続だった。
聞き逃さないようにメモを取る。会議が終われば内容をまとめる。その後の仕事で失敗しないように、もう一度復習する。
そんな様子を見て、50代半ばほどの男性社員は「真面目すぎる」「もっと力を抜けよ」と声をかけてきた。
そこまでなら、まだ受け流せたかもしれない。
「生理でもきたのか?」のあとに置かれた「冗談」
私が少し体調を崩していると、男性社員はこう言った。
「なんだ? 生理でもきたのか?」
あまりに配慮のない言葉に、ショックを受けた。
男性社員はすぐに「冗談だよ」と続けた。けれど私には、私の反応を見てからかっているように感じられた。
中学生の頃に嫌だった、あの含み笑いに似ていた。
大人の職場だから言葉遣いが少し変わっただけで、相手が困る様子を面白がる構図は変わっていなかった。
「いつもあんな感じだから」が我慢する側を孤立させる
同性の先輩たちは「あの人はいつもあんな感じだから、気にしなくていいよ」と言ってくれた。
おそらく、なぐさめようとしてくれたのだと思う。男性社員の性格を知っているからこそ、深く受け止めないほうが楽だと伝えたかったのかもしれない。
それでも、生理を冗談のように扱われた傷は消えなかった。
「いつもあんな感じ」は、その人の言動を説明する言葉にはなる。けれど、言われた側が傷つかなくなる魔法ではない。
なぜ、そんなふうに言われなければならないのか。
考えるほど、悲しさの奥から怒りが湧いてきた。周囲が慣れていることと、自分まで我慢しなければならないことは別だった。
「冗談」は傷つけた側の責任を消す言葉ではない
冗談は、言った本人が宣言すれば成立するものではない。
少なくとも、相手の身体に関わる話題を突然持ち出し、困った反応まで笑いの材料にするなら、それは二人で楽しむ会話ではなく、一方的なからかいになる。
男性社員に悪意がなかった可能性はある。本当に場を軽くするつもりだったのかもしれない。
ただ、悪意がなければ何を言ってもよいわけではない。相手が傷ついたと知ったあとも「冗談」で押し切るなら、問題の焦点は発言ではなく、傷ついた側の受け取り方へすり替わってしまう。
言われた側は二重に苦しくなる。
最初の言葉で傷つき、そのうえ「気にしすぎる自分が悪いのか」と迷わされるからだ。
勇気を出して「やめてください」と本人に伝えた
私はもともと生真面目なところがある。
嫌だと感じたことは、本人にきちんと伝えなければならないと思うようになった。いくら新人でも、このまま我慢し続けたくなかった。
そして再び同じようにからかわれたとき、思い切って伝えた。
「そういうことを言われると、とても悲しいです。やめてください」
男性社員から返ってきたのは、謝罪ではなかった。
「冗談だって。なんでムキになってんだよ」
傷ついたと伝えても、話は私の反応の大きさへ戻された。
この人の行動を、私ひとりで変えるのは難しいのかもしれない。そう感じた。
女性上司への相談で男性社員の言動が変わった

最終的に、私は男性社員と同世代の女性上司へ相談した。
上司は、男性社員がそのような発言をしていることを知らなかった。その後、上司から男性社員へ注意してもらうことになった。
おそらく周囲の人たちは、「言っても変わらないかもしれない」と思い、声を上げづらかったのだと思う。
けれど、相談したあとは違った。
男性社員は以前よりも言葉に気をつけるようになった。ひとりで伝えたときには動かなかったものが、第三者へ相談したことで少し動いた。
嫌な言葉を受けた本人が、相手を教育する責任まで背負う必要はない。直接伝えても変わらないなら、信頼できる立場の人へ相談することも、自分の境界線を守る方法のひとつになる。
あのとき勇気を出して相談してよかったと、時間が経った今も感じている。
生理をからかう言葉を我慢し続けなくていい
生理を冗談の材料にされたとき、周囲が笑って流していても、自分まで同じように流す必要はない。
今日できる小さな一歩は、嫌だった言葉と日時を一行だけ書き残すことだ。すぐに相手へ言い返せなくても、自分が何に傷ついたのかを見失いにくくなる。
この記事で伝えたいのは、冗談と呼ばれた言葉でも、自分が傷ついた事実まで冗談に変える必要はないということだ。


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