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『図書室のキリギリス』(竹内真・著)レビュー|なぜ、この小さな図書室は人の心を救うのか?

小説・文学

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高校の図書室を舞台にした物語、と聞くとどこか静かな印象を抱きます。しかし『図書室のキリギリス』は、その静けさの奥に確かな鼓動がありました。本に宿った“思い”を感じ取る特別な感受性をもつ主人公・詩織が、図書室に集う高校生たちと触れ合いながら成長していく姿が、まるで紙の上でそっと灯される光のように胸に残ります。 離婚を経て新たな仕事として学校司書になった詩織は、最初は自信がなく、ただ「本が好き」という気持ちだけを頼りに歩き始めます。その不安定さがとても人間らしく、私は思わず応援したい気持ちになりました。 やがて、本の残す余韻や高校生たちの小さな悩みに向き合う中で、詩織の中に眠っていた強さが少しずつ目を覚ましていきます。 読み進めるごとに、本と人、人と人がふわりと繋がっていく温かさが広がり、静かな図書室の空気のなかで誰かの人生が変わっていく瞬間を何度も見届けたような気持ちになりました。

【書誌情報】

タイトル双葉文庫 図書室のキリギリス
著者竹内真【著】
出版社双葉社
発売日2015/10
ジャンル文芸(一般文芸)
ISBN9784575518184
価格¥594
出版社の内容紹介

バツイチになったのを機に、学校司書として働きはじめた詩織。人には言えない秘密を抱える彼女のもとに、様々な謎が持ちこまれる。本に込められた思いと謎を読み解くブックミステリー。

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本の概要(事実の説明)

本作は、学校司書として働き始めたバツイチ女性・高良詩織を主人公にした、やさしい日常ミステリーの連作短編集です。 著者・竹内真は「図書館もの」「お仕事小説」に定評がある作家で、本作でも図書室運営のリアルな問題、契約雇用の不安定さ、生徒との関わり方などを丁寧に描いています。 詩織には “物に宿る思い” を感じ取るという少し不思議な力があります。 本を手にしたときにざわりと心が揺れたり、その本に触れた人の気持ちが微かに伝わってきたりする描写があり、その感受性は作品のテーマと深く結びついています。派手な超能力ではなく、あくまで人の心に寄り添うための小さな灯火のように扱われていることが印象的でした。 図書室に集まる高校生は、本の感想を語り合ったり、ちょっとした悩みを相談したり、事件と呼べるほどではない“小さな謎”を詩織と一緒に解き明かしたりします。 不登校気味の生徒、孤独を抱えた生徒、友人関係で悩む生徒…。 彼らの心に触れたとき、詩織自身もまた、自分の過去と向き合いながら前へ進む勇気を得ていくのです。 本が好きな人はもちろん、“本が好きだった頃の自分” を思い出したい人にもおすすめしたい作品です。

印象に残った部分・面白かった点

最も心を掴まれたのは、詩織が生徒たちと行った「本について語り合うイベント」のシーンでした。 本の感想や疑問を自由に話し合うだけの場なのですが、そこに込められた“読み手同士が互いの世界を開く瞬間”がとても美しく描かれています。 本を読むという行為は、孤独なもののようで、実は他者と繋がる力に満ちているのだと改めて感じました。 また、生徒たちが抱える悩みが「本の謎」にリンクしている構成も秀逸です。 返却されない本、濡れたまま返された本、なぜか消える本…。 詩織は本に触れたときの“ざわめき”を手がかりに、その背景にある人の気持ちを丁寧に掬い上げます。 それはミステリーというより、 「人の思いを理解しようとする物語」 といったほうが近いかもしれません。 そしてラスト。 失踪した夫との関係に一区切りをつけた詩織が、自分自身の人生を選び直す決断をするとき、私は胸の奥が温かくなりました。本に携わる仕事を続けていくと決めた彼女の姿は、とてもたくましく、眩しく見えました。

本をどう解釈したか

本作は「図書室の物語」であると同時に、 “人が自分の物語を取り戻す話” でもあると感じました。 詩織が感じ取る残留思念は、決して超常現象ではなく、 「本を手に取ったとき、言葉が心に触れる感覚」 の象徴のように思えました。 人は誰かの言葉に救われ、誰かの言葉で傷つき、そしてまた誰かの言葉によって立ち上がることができます。 本に宿る思いを感じ取る詩織の力は、まさにその“読書の本質”を物語として具現化した存在でした。 また、学校司書という職業が抱える不安定さや社会的課題をさりげなく描いている点も重要です。 図書室は学びの場所であり、逃げ場であり、居場所でもある。 その価値を支えているのが司書であるにもかかわらず、待遇は決して安定していない。 この矛盾に光を当てることで、著者は「図書室の未来」を読者に問いかけているように感じました。

読後に考えたこと・自分への影響

本を読むことには、状況を変えるほどの劇的な力はないかもしれません。 けれど、 “今日を生きるための小さな力” を確かに与えてくれる。 本作を読み終えたとき、私はそんな読書の原点を静かに思い出しました。 人は、自分の物語をひとりで書き続けているようで、実はたくさんの人の言葉や本に支えられています。 詩織が生徒たちを導きながら、自分自身も癒されていくように、私たちもまた、本の中にある誰かの思いによって救われ続けているのだと気づきました。 そして、本をおすすめできる人になることは、 「相手の人生にそっと光を置くこと」 なのだと感じました。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

静かな休日の午後、温かい飲み物を用意して読みたい一冊です。 図書室の柔らかな光や紙の匂いを思わせる描写が多いため、落ち着いた場所で読むと作品世界に深く浸れます。 また、自分の気持ちを整理したいときや、人間関係に少し疲れたときにもおすすめです。 本に触れることでそっと心が整っていく感覚が、詩織の成長とともに穏やかに寄り添ってくれます。

『図書室のキリギリス』(竹内真・著)レビューまとめ

本と人、人と人が緩やかにつながっていく温かい物語でした。

残留思念を感じ取る詩織の感受性は「言葉が心に触れる瞬間」の象徴のようで、読後に柔らかな余韻が残ります。図書室の空気が好きな人、本に救われた経験がある人にとって特別な一冊になると思います。

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