
島左近を主人公にした小説は珍しく、思わず手に取ったのが最初のきっかけでした。これまで私が抱いていた左近の印象は、どこか義に厚く、人格者として完成された武将像でした。しかし読み始めてすぐ、その先入観が静かに崩れていきます。物語に引き込まれるほど、胸の奥にざらつくような感情が残り、「この男は何を求めて生きていたのか」と考えさせられました。
【書誌情報】
| タイトル | 時代小説文庫 某には策があり申す 島左近の野望 |
|---|---|
| 著者 | 谷津矢車【著者】 |
| 出版社 | 角川春樹事務所 |
| 発売日 | 2023/01 |
| ジャンル | 文芸(一般文芸) |
| ISBN | 9784758442619 |
| 価格 | ¥902 |
「天下の陣借り武者、島左近、死ぬまで治部殿の陣に陣借り仕る」――筒井順慶の重臣だった島左近は、順慶亡き後、筒井家とうまくいかず出奔。武名高き左近には仕官の話が数多く舞い込むが、もう主君に仕えるのはこりごりだと、陣借り(雇われ)という形で、豊臣秀長、蒲生氏郷、そして運命の石田三成の客将となる。大戦に魅入られた猛将は、天下を二分する関ケ原の戦いでその実力を発揮する! 従来の「義の人」のイメージを塗り替えた新たな島左近。期待の歴史作家による渾身の作品。(解説・細谷正充)
本の概要(事実の説明)
本作は戦国時代を舞台にした歴史小説で、島左近という人物の生き様を軸に描かれています。テーマは忠義や理想ではなく、「戦に取り憑かれた人間の業」です。左近は筒井家を出奔した後、特定の主を持たず客将として各地の戦に身を投じていきます。やがて戦乱の終焉が近づく中で石田三成と出会い、運命が大きく動き出します。英雄譚ではなく、戦の世でしか生きられない男の姿を描いた物語なので、従来の島左近像に違和感を覚えたことがある読者ほど響く作品だと感じました。
印象に残った部分・面白かった点
最も印象に残ったのは、左近が義や忠よりも「大戦への渇望」に突き動かされている点です。平和を受け入れる者たちとの対比によって、彼の異質さが際立ちます。銃弾が飛び交う中を躊躇なく駆け、敵兵を斬る精神性は、読んでいて背筋が冷えるようでした。同時に、その姿がどこか哀しくもあり、戦場にしか居場所を見いだせない男の孤独が強く伝わってきました。
本をどう解釈したか
この作品が投げかけてくるのは、「時代が変わったとき、人は自分をどう扱えるのか」という問いだと感じました。作者は島左近を神格化せず、むしろ不器用で危うい存在として描いています。その視点からは、戦乱を終わらせようとする時代そのものが、左近のような人間を不要としていく残酷さが浮かび上がってきました。
読後に考えたこと・自分への影響
読み終えたあと、才能や能力は常に善として評価されるわけではないのだと強く思いました。左近の軍略や戦闘力は、平和な時代には異物でしかありません。自分自身もまた、環境や時代によって価値が変わる存在なのだと気づかされ、少し居心地の悪い余韻が残りました。
この本が合う人・おすすめの読書シーン
夜、静かな時間に一気に読み進めるのがおすすめです。外が暗く、物音も少ない中でページをめくると、戦場の緊張感や左近の息遣いがより生々しく感じられ、物語の世界に深く沈み込めると思います。
『某には策があり申す 島左近の野望』(谷津矢車・著)レビューまとめ
義将では語り尽くせない島左近の姿を描いた一冊。戦に魅せられた男の行き着く先を、静かに見届ける読書体験でした。


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