
『虹いろ図書館のへびおとこ』は、タイトルだけ見ると少し不思議でユーモラスな印象を受けますが、実際に読んでみると、不登校やいじめ、家族の問題など、とても現実的で重たいテーマを真正面から描いた一冊だと感じました。けれど、読後に残るのは暗さではなく、「それでも生きていけるかもしれない」という小さな光です。 主人公の火村ほのかは、転校先のクラスで“姫”のように振る舞うリーダー格の女子の機嫌を損ねたことから、あっという間にいじめの標的になってしまいます。教室は一瞬で地獄のような場所に変わり、家では母の病気、父の仕事の大変さ、姉の受験が重なって、どこにも本当の意味での居場所がない。そんなほのかが、ふと辿り着いたのが、市立図書館でした。 図書館で出会ったのは、顔の半分が緑色のあざに覆われ、子どもたちから「へびおとこ」と陰口を叩かれる司書・イヌガミさん。見た目だけ聞くと少し怖そうなのに、ページを追ううちに「こんな大人が近くにいてくれたら」と心から思える存在になっていきます。図書館という空間と、そこで働く大人たち、本好きの少年との出会いを通して、ほのかが少しずつ自分を取り戻していく過程が、とても丁寧に描かれていると感じました。
【書誌情報】
| タイトル | 虹いろ図書館のへびおとこ |
|---|---|
| 著者 | 櫻井とりお【著】 |
| 出版社 | 河出書房新社 |
| 発売日 | 2021/01 |
| ジャンル | 文芸(一般文芸) |
| ISBN | 9784309028385 |
| 価格 | ¥1,485 |
いじめがきっかけで学校に通えなくなった小学6年生のほのか。居場所を探してたどりついた古い図書館で出会ったのは――。第1回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した傑作小説!
本の概要(事実の説明)
物語の主人公は小学六年生の火村ほのかです。転校早々、クラスの中心にいる“かおり姫”に注意をしたことがきっかけで、いじめのターゲットになってしまいます。教室にいると息が詰まり、かといって家には病気の母と多忙な父、中学生で家事と勉強を抱える姉がおり、心配をかけたくなくて何も言えない。その狭間で、ほのかは「学校に行けないけれど、完全に不登校と割り切ることもできない」という宙ぶらりんな状態で日々を過ごすようになります。 そんなある日、ほのかは偶然立ち寄った市立図書館で、独特の雰囲気をまとった司書・イヌガミさんと、同じく学校に居場所がなく図書館に通う中学生のスタビンズに出会います。ボロボロで古い図書館ですが、その空間には不思議な安心感があり、本棚の隙間一つひとつに、逃げ場を失った人たちの「息継ぎできる場所」のような気配が漂っているように感じました。 物語は、ほのかの一年を軸に展開します。図書館のクリスマス会の準備を手伝ったり、イヌガミさんの恋を見守ったり、本から教えてもらった言葉を胸に、ほのか自身が再び「自分の言葉」を取り戻していく。その過程で、「図書館の自由に関する宣言」や「真理がわれらを自由にする」というメッセージも登場し、図書館とは単なる本の倉庫ではなく、人の尊厳や自由を守る場所なのだと強く伝わってきました。 児童書・YA向けの作品ではありますが、いじめや偏見、学校という空間の息苦しさなど、大人が読んでも胸に迫る要素が多く含まれています。特に「学校が苦しい場所になってしまった子どもは、そこから逃げていいのではないか」という問いかけは、読者の年齢に関わらず、深く考えさせられるテーマだと感じました。
印象に残った部分・面白かった点
一番印象に残ったのは、イヌガミさんが「図書館は利用者を守る場所だ」とはっきり宣言する場面です。平日の昼間に図書館へ通うほのかの事情を詮索しようとする大人たちに対して、「問い詰めてここに来られなくなったら、この子は次にどこへ行けばいいのか」と静かに、しかし強く問い返す姿に胸が熱くなりました。言葉数は多くないのに、本当に守りたいものが何か分かっている大人の強さを感じました。 また、「頑張ることは大事だけれど、頑張りすぎると枝のように折れてしまうから、たまにはサボってもいい」というニュアンスの言葉も、私の中に深く残りました。ほのかは「ちゃんとしなきゃ」「迷惑をかけちゃいけない」と自分を追い詰め続けてきた子です。その彼女に対して、大人の側から「折れないために休むのも大事だ」と伝えてくれる場面に、救いのような優しさを感じました。 ほのかが図書館で出会う本の数々も、この作品の魅力です。児童書からクラシックな文学作品まで、実在の本がたくさん登場し、ほのかはその本たちに自分の状況を重ねたり、登場人物に励まされたりしながら、少しずつ前を向いていきます。読者としても、「あ、この本は読んだことがある」「これは知らないから読んでみたい」と、本との再会や新しい出会いが自然と生まれる構成になっていると感じました。 そして、ほのかの初恋のような淡い感情も、さりげなく描かれていて素敵でした。イヌガミさんへの憧れや、スタビンズとの距離感、クリスマスの場面での揺れる気持ちなど、「恋」という言葉で括ってしまうにはまだ幼いけれど、たしかに心が動いている様子が、とても瑞々しい筆致で描かれていると思いました。
本をどう解釈したか
この物語は、表面的には「いじめられた女の子が図書館で救われる話」に見えますが、読み進めるうちに「違いを怖がる大人たち」への静かな批判と、「知ることによって自由になる」というテーマが一貫して描かれているように思えました。 イヌガミさんは、見た目の理由から「へびおとこ」と揶揄される存在です。ほのか自身も最初はそのあだ名を聞いて少し身構えますが、一緒に過ごすうちに、見た目よりもずっと優しく、頼りになる大人だと気づいていきます。この過程は、「知らないものを怖がり、排除しようとする社会」に対して、「知ろうとすることこそが人を自由にする」というメッセージに繋がっているように感じました。 「真理がわれらを自由にする」という言葉が作中で引用されますが、ここでいう“真理”は、何か特別な宗教的な答えというより、「自分の本心」や「相手の実像」に出会うことなのだと私は解釈しました。ほのかは、学校で起きたことを見ないふりせず、自分がどれほど傷ついているかを自覚し、図書館という新しい場所で、「自分はここにいていい」と思える感覚を取り戻していきます。そのプロセスこそが、真理を通じた“自由”なのかもしれないと感じました。 また、図書館という場所の役割についても、作者の強い思いが込められているように思えました。図書館は「みんなが平等に本へアクセスできる場所」であると同時に、「居場所を失った人がひとまず息をつける避難所」でもあります。イヌガミさんが、ほのかの事情を根掘り葉掘り聞かず、それでも静かに見守るスタンスを崩さないのは、図書館の本来の姿を体現しているように感じられました。
読後に考えたこと・自分への影響
この本を読み終えて、まず強く感じたのは、「逃げてもいい」ということでした。学校が合わないとき、クラスがしんどいとき、「そこで耐えるのが正解」と教え込まれてきたところが私自身にもあります。でも、ほのかの姿を追いながら、「逃げることでしか守れないものもある」と自然に受け入れられるようになりました。 同時に、「逃げた先で出会う人や本が、人生を大きく変えてくれることがある」という希望も感じました。ほのかにとっての図書館やイヌガミさん、スタビンズのように、私たちにも、それぞれの人生のタイミングで出会う“居場所”や“人”や“一冊の本”があるのだと思います。それはたまたまの偶然のようでいて、後から振り返ると「ここがターニングポイントだった」と思えるような瞬間なのかもしれません。 また、「頑張りすぎると折れてしまうから、ときどき力を抜いてもいい」というメッセージにも救われました。真面目な人ほど、限界を超えても自分を追い込みがちですが、枝が折れたらもう元には戻れません。折れる前に休む、自分を守るために逃げる、そういう選択も「弱さ」ではなく、生き延びるための大事な知恵なのだと、この本を通して改めて感じました。 最後に、「知ろうとすること」がどれだけ大きな力を持っているかにも気づかされました。違う存在を怖がって攻撃するのではなく、「知れば怖くなくなる」「知ることで世界は広がる」という感覚を、ほのかやイヌガミさんの言葉を通して思い出せた気がします。読後には、「自分の周りにいる“知らない誰か”にも、きっと物語があるのだろう」と想像してみたくなりました。
この本が合う人・おすすめの読書シーン
この本は、静かで落ち着いた時間に、ゆっくりページをめくるのが似合う一冊だと感じました。例えば、少し気温が下がってきた週末の午後、温かい飲み物を用意してソファやベッドでくつろぎながら読むと、ほのかが見つけた図書館の“ぬくもり”と自分の部屋の安心感が重なって、心がふわっとほどけていくように思います。 また、仕事や家事、育児で「もう少し頑張らなきゃ」と自分を追い詰めてしまいそうな夜にも、そっと寄り添ってくれる物語だと感じました。寝る前の短い時間に数章ずつ読んでいくと、イヌガミさんの「折れないように、たまにはサボってもいい」というニュアンスの言葉が、明日へのささやかなエールのように感じられます。 自分の過去の「しんどかった時期」を思い出してしまう人もいるかもしれませんが、それでも読み終えたあとには、「あの時の自分も、よくここまで頑張ってきたな」と、少し優しい目で振り返ることができるように思いました。自分自身の物語に、もう一度そっと手を伸ばしてみたい夜に、ぜひ開いてほしい一冊です。
『虹いろ図書館のへびおとこ』(櫻井とりお・著)レビューまとめ
いじめや不登校という重たいテーマを扱いながらも、「図書館」と「本」と「信じてくれる大人」の存在によって、人は何度でも立ち直れるのだと静かに教えてくれる物語だと感じました。学校が苦しいとき、人生に行き詰まりを感じたとき、「逃げてもいい」「それでも生きていていい」と背中をそっと押してくれる一冊として、子どもにも大人にもおすすめしたいです。


コメント