
神社の境内で、白い星印をお尻にもつ猫・ミクジが人の前に現れ、木の葉を落とす——。そんな幻想的な場面から始まる『猫のお告げは樹の下で』は、まるで心の奥にふっと風を通すような優しい物語でした。 失恋、進路の迷い、家族との関係、人生の分岐点。どの物語にも「自分の真ん中を見つめ直す瞬間」が描かれていて、読むたびに胸の奥が温かくなります。 青山美智子さんの作品には共通して“見えないつながり”がありますが、本作はその中でもとりわけ「気づき」がテーマ。ミクジのお告げは奇跡ではなく、誰の心にも眠っている小さな勇気の芽のように感じました。
【書誌情報】
| タイトル | 宝島社文庫 猫のお告げは樹の下で |
|---|---|
| 著者 | 青山美智子【著】 |
| 出版社 | 宝島社 |
| 発売日 | 2020/06 |
| ジャンル | 文芸(一般文芸) |
| ISBN | 9784299005304 |
| 価格 | ¥770 |
『木曜日にはココアを』で第1回宮崎本大賞を受賞した青山美智子の待望の2作目。失恋のショックから立ち直れないミハルは、ふと立ち寄った神社で、お尻に星のマークがついた猫――ミクジから「ニシムキ」と書かれたタラヨウの葉っぱを授かり、「西向き」のマンションを買った少し苦手なおばの家を訪れるが……。中学生の娘と仲良くなりたい父親。なりたいものがわからない大学生……。なんでもない言葉をきっかけに、思い悩む人たちの世界がガラッと変わっていく――。 お告げの意味に気づいたとき、ふわっと心があたたかくなる7つのやさしい物語です。
本の概要(事実の説明)
本作は、神社に住みつく猫・ミクジが七人の人々に“お告げ”を与える七つの短編集です。 登場するのは、失恋した美容師、思春期の娘を持つ父親、進路に悩む大学生、閉店したプラモデル屋の元店主など、誰もが現代社会の片隅にいそうな人々。彼らはそれぞれの「迷い」の中で、ミクジの導きに出会い、少しずつ前を向いて歩き出していきます。 作品全体を包むのは、神社のタラヨウの木が象徴する“再生”のイメージ。葉の上に刻まれた言葉は、誰かの人生を変えるほどの力を持たなくても、その人の心を少しだけ明るく照らします。 日常の中にある優しさを丁寧に描く青山作品らしく、どのエピソードも穏やかで、静かな癒しに満ちていました。
印象に残った部分・面白かった点
特に印象に残ったのは「マンナカ」と「スペース」の二編です。 「マンナカ」では、心の繊細な少年・和也が自分の居場所を見失いながらも、先生たちの優しさに支えられて立ち上がる姿に胸が熱くなりました。「自分のいるところが真ん中」という言葉は、この作品全体を貫くメッセージのように思えます。 一方「スペース」では、「神様が入るスペース」という一文が心に残りました。詰め込みすぎた生活の中で、心に少しの“余白”を残すことの大切さを教えてくれます。 どの登場人物にも共通するのは、“誰かの優しさが誰かを救う”という構造。猫のミクジが媒介するその連鎖は、読む人の心にも確かな温もりを残していきます。
本をどう解釈したか
この物語の本質は、“気づきの循環”にあると感じました。 ミクジが渡す葉は単なるお守りではなく、「自分の中の声に耳を傾けなさい」というメッセージ。人は誰かに助けられても、最終的に自分の足で歩き出すしかない。その過程を静かに後押ししてくれるのが、この猫の存在です。 また、青山作品に通底する“ささやかな奇跡”も健在。超常的ではなく、あくまで現実の延長にある優しさが描かれています。 「まだダメ」と「もうダメ」は違う——という言葉に象徴されるように、本作は「生きることに迷っても大丈夫」という希望の書でもありました。
読後に考えたこと・自分への影響
この本を読んで感じたのは、「悩むことは、立ち止まることではない」ということです。 私たちはつい“答えを出さなければ前に進めない”と思いがちですが、本作では“迷いながら進む日々こそが人生”と教えてくれます。 また、誰もが“自分の真ん中”を見失う瞬間があるけれど、それでも人とのつながりの中で軌道修正していける。猫のミクジはその象徴のような存在でした。 日常に疲れたとき、自分のペースを取り戻すための“心の処方箋”として、そっと本棚に置いておきたくなる作品です。
この本が合う人・おすすめの読書シーン
おすすめの読み方は、静かな休日の午後に湯気の立つ飲み物を片手に。 猫の足音が聞こえてきそうな穏やかな空気の中で読むと、物語の温度がいっそう際立ちます。 また、心を整えたい夜にもぴったり。疲れた一日の終わりに一話だけ読むと、自然と呼吸が深くなり、明日を少し前向きに迎えられるような気がします。 まるでタラヨウの木漏れ日の下で深呼吸しているような、そんな時間をもたらしてくれる本でした。
『猫のお告げは樹の下で』(青山美智子・著)レビューまとめ
『猫のお告げは樹の下で』は、迷いながらも生きる人々に“気づき”をくれる連作短編集です。
読むたびに、誰かを思いやる気持ちが自分の中にも育っていくのを感じました。
疲れた心をそっと撫でてくれるような、やさしい物語です。


コメント