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『告白』(湊かなえ・著)レビュー|救いのない復讐劇に映る「歪んだ正義」と母性

小説・文学

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『告白』は、読んでいるあいだずっと胸の奥をぎゅっと掴まれているような一冊でした。中学校の終業式後のホームルームで、女性教師が淡々と「娘は事故ではなく、このクラスの生徒に殺された」と語り出すところから物語は始まります。静かな語り口なのに、その内容があまりにも過激で、一気に物語の中へ引きずり込まれてしまいました。 復讐を宣言するところまでは、ある種の「怒りの告発」の物語として読んでいたのですが、章が進むごとに、その印象はどんどん塗り替えられていきます。誰もが自分の正しさを語りながら、少しずつ歯車を狂わせていくさまが、読んでいてぞわっとするほどリアルでした。 読後感としては決して「スッキリする物語」ではありません。むしろ、何か重たい石を胸の中にひとつ置かれたような、後を引く読書体験でした。それでもページをめくる手が止まらないのは、人間の黒い感情の奥底を、ここまで鮮やかに物語へ落とし込んでいるからだと感じました。

【書誌情報】

タイトル双葉文庫 告白
著者湊かなえ【著】
出版社双葉社
発売日2020/06
ジャンルミステリー
ISBN9784575513448
価格¥680
出版社の内容紹介

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラー。

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本の概要(事実の説明)

『告白』は、我が子を校内で亡くした女性教師・森口悠子の独白から始まる連作的長編です。第1章で教師、第2章以降はクラスメイト、犯人とされる少年たち、彼らの家族など、語り手が章ごとに交代していきます。同じ事件を別々の人物の視点から語り直すことで、最初は単純に見えていた出来事の輪郭が、読み進めるほどに歪みを帯びてくる構成がとても印象的でした。 少年犯罪や学校、家庭環境、母親と子どもの関係、ネットやマスコミによる「裁き」など、現代社会で議論されるテーマがいくつも重なり合っています。ただし、制度批判のための小説というよりは、人間の弱さや執着、復讐心といった感情がどのように暴走していくのかを物語として描き切った作品だと感じました。 中学生という多感な時期の危うさと、大人たちの歪んだ価値観が絡み合うことで、「あり得ない」と言い切れない怖さが生まれています。サスペンスとしての緊張感を味わいたい人にも、人間の心理をえぐるような物語を読みたい人にも向いている一冊だと思いました。

印象に残った部分・面白かった点

いちばん強く心に残ったのは、「語り手が変わるたびに、人物像がひっくり返っていく」感覚でした。最初は一方的に「歪んだ人間」に見えていた登場人物が、別の章では自分なりの理屈と被害者意識をもって語りはじめます。そのたびに「たしかに、こう見えているのかもしれない」と思わされ、しかし同時に、その自己正当化の危うさにも戦慄しました。 特に、少年たちの告白パートは強烈でした。自尊心や虚栄心、母親への承認欲求、友人からの評価といった、ごく身近な感情が、少しずつ暴力的な行動へとつながっていく過程が生々しく描かれています。彼らは決して「怪物」ではなく、どこにでもいそうな中学生として描かれているからこそ、恐怖が増幅されているように感じました。 また、森口先生の復讐の方法も忘れがたいものです。法に任せるのではなく、自分自身の手で「相手にとっていちばん大切なもの」を奪おうとする徹底ぶりは、読者の倫理観を強く揺さぶります。母親としての愛情と、復讐心がほとんど同じ熱量で描かれているのが、なんとも苦く恐ろしい読書体験でした。

本をどう解釈したか

この作品は、少年犯罪や少年法といった制度的な問題を扱いつつも、「正義とは何か」という問いを読者に突きつけてくる物語だと感じました。それぞれの登場人物が、自分なりの正義や理屈を持っていて、そのために他者を傷つけたり、支配しようとしたりします。そこには、誰もが少しは身に覚えがあるような感情が極端な形で描かれているように思えました。 同時に、「母と子の関係」が物語の中心にあるようにも感じました。犯人である少年たちの家庭環境や、母親からの期待とプレッシャー、そして森口先生自身の「母としての怒り」。どの親子関係にも、愛情と歪みが同居していて、それが事件の引き金にも、復讐の原動力にもなっていきます。母性という言葉では括りきれない、重くて複雑な感情がうごめいているように思えました。 また、章ごとに視点を切り替えることで、「人は結局、自分の見たいように世界を見るのだ」というテーマも浮かび上がっていると感じました。誰もが自分の物語の主人公であり、他人の痛みを本当の意味で共有することは難しい。そのすれ違いが、物語をより悲劇的な方向へ押し進めているように思いました。

読後に考えたこと・自分への影響

読後、いちばん強く感じたのは、「自分の正義を他人にぶつけることの危うさ」です。作中の人物たちは、それぞれ自分の考えや価値観に従って行動しています。彼らなりの理屈があり、背景があり、過去があります。しかし、その「正しさ」が他者を追い詰め、出口のない状況へ押しやってしまう場面が何度も描かれていました。 同時に、親が子どもに与える影響の大きさにも改めて考えさせられました。過干渉であっても、無関心であっても、「親のまなざし」が子どもの自己像を決めてしまうことがあります。作中の母親たちは、それぞれ必死に生きているだけなのかもしれませんが、その必死さがときに子どもを追い詰め、歪んだ行動へとつながっていく様子には、胸が痛くなりました。 この作品は、誰か一人を「悪」として断罪する物語ではないように思えました。加害者と被害者、正義と悪、親と子。その境界は、思っているほど明確ではないのかもしれません。読後、自分自身の中にある「小さな歪み」や「思い込み」についても、少し立ち止まって見つめ直したくなる本でした。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

『告白』は、明るい昼間よりも、静かな夜にじっくり向き合いたい作品だと感じました。家の中が落ち着き、外の音が少なくなった時間帯に読むと、登場人物たちのモノローグがまっすぐ心に入ってきます。ページを閉じたあとも、しばらく物語の世界から戻ってこられなくなるような重さがあるので、時間と気持ちに少し余裕がある夜に読むのがおすすめです。 また、感情を揺さぶられたい夜や、自分の中の暗い部分に少しだけ触れてみたい気分のときにも合う一冊だと感じました。読んでいてつらくなる場面も多いのですが、その「つらさ」自体が、この物語の大事な要素でもあります。軽い気分転換の読書というよりは、意図的に深く沈み込みたいときに開きたい本だと思いました。

『告白』(湊かなえ・著)レビューまとめ

『告白』は、少年犯罪と復讐をめぐる物語でありながら、人間の「正しさ」や感情の脆さがどれほど歪んだ形で噴き出すのかを鋭く描いた一冊でした。救いがない展開の連続なのに、語りの巧みさと構成の緻密さに圧倒され、ページをめくる手が止まりません。特に、我が子を想うあまり狂気へ傾いていく母親の愛情には、痛みと同時にどこか理解できてしまう瞬間があり、その複雑さが胸に残りました。読後には重たい余韻が押し寄せますが、その重さごと味わいたくなる、忘れがたいサスペンス小説だと感じました。

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