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『別れを告げない』(ハン・ガン・著)レビュー|なぜこの物語は哀悼を終わらせないのか?

小説・文学

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この本を読んでいる間、ずっと寒さを感じていました。暖房の効いた部屋にいるのに、手足が凍えていくような感覚が抜けない。その理由は、描かれている出来事の重さだけではなく、文章が直接身体感覚に触れてくるからだと思いました。 ページをめくるたび、過去と現在、生と死の境界が曖昧になり、読者である自分もまた物語の中を彷徨っているように感じられました。

【書誌情報】

タイトル別れを告げない
著者ハン・ガン【著】/斎藤真理子【訳】
出版社白水社
発売日2025/02
ジャンル海外文学
ISBN9784560090916
価格¥2,475
出版社の内容紹介

ノーベル文学賞受賞作家の最新長篇!作家のキョンハは、虐殺に関する小説を執筆中に、何かを暗示するような悪夢を見るようになる。ドキュメンタリー映画作家だった友人のインソンに相談し、短編映画の制作を約束した。済州島出身のインソンは10代の頃、毎晩悪夢にうなされる母の姿に憎しみを募らせたが、済州島4・3事件を生き延びた事実を母から聞き、憎しみは消えていった。後にインソンは島を出て働くが、認知症が進む母の介護のため島に戻り、看病の末に看取った。キョンハと映画制作の約束をしたのは葬儀の時だ。それから4年が過ぎても制作は進まず、私生活では家族や職を失い、遺書も書いていたキョンハのもとへ、インソンから「すぐ来て」とメールが届く。病院で激痛に耐えて治療を受けていたインソンはキョンハに、済州島の家に行って鳥を助けてと頼む。大雪の中、辿りついた家に幻のように現れたインソン。キョンハは彼女が4年間ここで何をしていたかを知る。インソンの母が命ある限り追い求めた真実への情熱も……いま生きる力を取り戻そうとする女性同士が、歴史に埋もれた人々の激烈な記憶と痛みを受け止め、未来へつなぐ再生の物語。フランスのメディシス賞、エミール・ギメ アジア文学賞受賞作。

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本の概要(事実の説明)

本作は、韓国・済州島で1948年に起きた「済州島4・3事件」を背景にした小説です。 小説家キョンハは、重傷を負った友人インソンに頼まれ、彼女の飼っている鳥を救うため、吹雪の済州島へ向かいます。そこから現実と幻想、現在と過去が交錯し、インソンの母が体験した凄惨な歴史が静かに浮かび上がっていきます。 史実を説明するための物語ではなく、記憶と哀悼がどのように人から人へ引き継がれていくのかを描いた作品であり、重いテーマを文学として受け取りたい読者に向いていると感じました。

印象に残った部分・面白かった点

最も印象に残ったのは、全編を覆う「雪」の描写です。降り積もる雪は美しく、同時にすべてを覆い隠すものとして存在しているように思えました。 また、個人の体験として語られる暴力や喪失が、決して声高に糾弾されることなく、淡々と語られる点にも強く心を掴まれました。その静けさが、かえって残酷さを際立たせているように感じられたからです。

本をどう解釈したか

『別れを告げない』というタイトルは、「哀悼を終わらせない」という作者の強い意志を示しているように思えました。 忘れること、区切りをつけることが前向きだとされがちな社会の中で、あえて別れを告げず、記憶を抱え続けることの意味が問われています。 これは特定の国や歴史だけの問題ではなく、人間が集団として犯した暴力とどう向き合うのかという、普遍的な問いだと感じました。

読後に考えたこと・自分への影響

読後、強く残ったのは「知らないことの恐ろしさ」でした。済州島が観光地として語られる一方で、その土地に刻まれた痛みを知らずにいる自分自身の立場にも、静かな問いが向けられているように感じました。 忘れたい過去と、忘れてはいけない過去。その線引きを簡単にしてはいけないのだと、この物語は教えてくれたように思います。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

夜、静かな時間に一人で読むのが向いている作品です。途中で立ち止まり、何度も文章を反芻したくなるため、時間に余裕のあるときがよいと思います。 読み終えたあともしばらく余韻が残るので、すぐに次の本を開かず、静かに考える時間を取れる夜が特におすすめです。

『別れを告げない』(ハン・ガン・著)レビューまとめ

この小説は、歴史を「理解する」ための物語ではなく、記憶と哀悼を「引き受ける」体験を読者に促す作品だと感じました。

別れを告げないという選択が、未来へ向かうための静かな抵抗であることを、深く胸に刻まれる一冊です。

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