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『本屋さんのダイアナ』(柚木麻子・著)レビュー|私たちは“呪い”を自分で解けるのか?

小説・文学

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『本屋さんのダイアナ』に惹かれたのは、タイトルにある「ダイアナ」という名前の強さでした。「赤毛のアン」を読んだことがある人なら、ダイアナという名が持つ柔らかさや、友情の象徴のような響きを思い出すかもしれません。けれどこの物語のダイアナは、最初からその響きのままには生きられない場所に立たされているように感じました。 読み始めてすぐ、ぐいっと引き込まれました。二人の少女が出会う場面は軽やかなのに、そこに含まれているのは「名前」「家庭」「学校」という、逃げにくい現実です。読んでいるうちに、楽しいはずの友情が、時に刃のようにもなることがあると気づかされ、胸がざわつきました。 それでもページをめくる手が止まらなかったのは、彼女たちがただ傷つくだけではなく、傷ついた場所からどう立ち上がろうとするのかが、丁寧に描かれていたからだと思います。

【書誌情報】

タイトル新潮文庫 本屋さんのダイアナ
著者柚木麻子【著】
出版社新潮社
発売日2016/12
ジャンル文芸(一般文芸)
ISBN9784101202426
価格¥781
出版社の内容紹介

私の名は、大穴(ダイアナ)。おかしな名前も、キャバクラ勤めの母が染めた金髪も、はしばみ色の瞳も大嫌い。けれど、小学三年生で出会った彩子がそのすべてを褒めてくれた――。正反対の二人だったが、共通点は本が大好きなこと。地元の公立と名門私立、中学で離れても心はひとつと信じていたのに、思いがけない別れ道が……。少女から大人に変わる十余年を描く、最強のガール・ミーツ・ガール小説。

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本の概要(事実の説明)

ジャンルとしては、少女期から大人になるまでの時間を描く成長小説であり、同時に友情を軸にしたヒューマンドラマだと感じました。家庭環境も見た目も立ち位置も異なる二人の少女、ダイアナと彩子が、本という共通点で結びつき、親友になっていくところから物語は始まります。 作品の中では「赤毛のアン」をはじめ、多くの本が登場し、読書の記憶や、物語が人生に与える影響がさりげなく織り込まれています。けれど主題は「本好きあるある」だけではなく、もっと切実で、社会の視線や女性の生きづらさに接続していくように思えました。 あらすじを細かく語ると、二人のすれ違いや再会の意味を削ってしまいそうなので控えますが、読んでいると「子どもの世界の残酷さ」と「大人の世界の別の残酷さ」が、違う形で重なっていくのが見えてきます。友情や名前に心当たりがある人、女の子の成長の苦さまで描く物語を読みたい人に向いている一冊だと感じました。

印象に残った部分・面白かった点

特に心に残ったのは、「みんながみんなアンみたいに飛び立てるわけじゃない」という視点でした。物語の下敷きに「赤毛のアン」があることで、読む側はどこかで“希望の物語”を期待してしまいます。でも、この作品はその期待を、優しく現実に引き戻してくるように感じました。 ダイアナは、名前によって笑われたり、からかわれたりする経験を重ねていきます。そこで描かれる痛みは、ただの可哀想な話ではなく、「周囲の視線が人を形づくってしまう」怖さがありました。一方で彩子も、満たされて見える側の苦しさを抱えていて、二人の視線が交差するたびに、憧れが救いにも呪いにもなるのだと思わされます。 また、母親であるティアラの存在も印象的でした。最初は読者側の偏見が入り込みやすい配置にいるのに、読み進めるほど、強さと愛情の輪郭が見えてきて、私の見方が変わっていく感覚がありました。誰かを決めつけたくなる瞬間があるからこそ、物語の中でそれがほどけていく過程に、理由のある救いを感じました。

本をどう解釈したか

この作品が投げかけてくる問いは、「私たちは誰の視線で自分を判断しているのか」ということだと感じました。名前、家庭、学校、友人関係。自分では選べない要素に、いつの間にか人生が縛られていくことがあります。その縛りを、本人が自分の心で“呪い”と呼んでしまったとき、そこからどう抜け出せるのかが、この物語の核にあるように思えました。 読後に残る「呪いを解けるのは私」という言葉は、簡単に自己責任を押し付けるものではなく、むしろ「自分の人生の主語を取り戻す」ための宣言に近いと感じました。誰かが救ってくれるのを待つのではなく、過去の痛みを抱えたままでも、自分で選び直すことができるのか。その問いが、ダイアナと彩子のそれぞれの人生の形で示されていくように思えました。 友情についても同じです。利他的な思い遣りが、相手の利己に振り回されてしまう瞬間がある。うまく言葉にできず、誤解が重なり、かつて共有していた喜びが壊れていく。そこに向き合い直すのは簡単ではないのに、終盤で彼女たちがもう一度、真摯に触れようとする姿に、誤魔化さない強さを感じました。

読後に考えたこと・自分への影響

読み終えて残ったのは、「憧れは相手を見失わせることがある」という気づきでした。自分にないものを持っている人を羨ましく思うのは自然ですが、その羨ましさが強くなるほど、相手の苦しみを見えなくしてしまうことがあります。ダイアナと彩子の関係は、その危うさと、それでも手放せない尊さの両方を映していたように感じました。 また、「自分らしくあることは簡単ではない」という当たり前の事実が、何度も胸に刺さりました。子どもの頃だけでなく、大人になっても迷うし、環境が変わればまた揺れる。その揺れを“弱さ”と決めつけず、揺れながらも自分を取り戻していく姿が、この作品の救いになっているように思えました。 そして、本が出てくる物語でありながら、読書が万能の処方箋として描かれていないところも好きでした。本は答えをくれるのではなく、視点を増やしてくれる。その増えた視点で、人生を選び直す力が少しだけ湧く。その感覚が、この物語の余韻として残りました。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

静かな休日に、少し長めの時間を確保して読むのが合うと感じました。前半の勢いに乗って一気に進めたくなる一方で、ところどころ立ち止まって、自分の記憶や過去の感情に触れてしまう場面もあります。だから、急いで読み切るより、ゆっくり呼吸できる時間が似合います。 また、自分と向き合う時間に読むと、物語の刺さり方が変わるように思えました。誰かの言葉や視線で縮こまっていた経験がある人ほど、ダイアナの痛みや彩子の戸惑いが、遠い話ではなくなるかもしれません。読み終えたあと、外の空気を吸って、少しだけ背筋を伸ばしたくなる。そんな読書体験になるように感じました。

『本屋さんのダイアナ』(柚木麻子・著)レビューまとめ

名前も家庭も友情も、簡単に自分の思い通りにはならない。けれど、その“呪い”に気づいた瞬間から、人生は少しずつ選び直せるのだと感じました。痛みを抱えたままでも前へ進む二人の姿が、静かに背中を押してくれる一冊でした。

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