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『あの空の色がほしい』(蟹江杏・著)レビュー|なぜ小さな美術教室は「唯一無比の居場所」になったのか?

小説・文学

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『あの空の色がほしい』は、読後に胸の奥がじんわりと温かくなる一冊でした。お絵描きが大好きな小学生のマコと、世間からは「変人」と見られている芸術家のオッサン先生。二人が出会うことで、モノクロだった世界に少しずつ色が差し込んでいく過程が、静かなのに強力な余韻を残してくれます。ときどき笑って、ときどき胸がつまって、気づけばマコの視線で世界を見ている自分に驚きました。 この本を手に取ったきっかけは、小学館児童出版文化賞を受賞していると知り、「児童書といっても、大人の私にも何か強烈な気づきをくれるのではないか」と感じたからです。実際に読んでみると、美術や表現の世界を描きながらも、テーマは「普通」って何だろう、「好きなことを貫く」とはどういうことだろう、という、とても普遍的で深い問いに向き合っていました。 マコはクラスで少し浮き気味な「変な子」と言われがちな存在ですし、オッサン先生も世間からは胡散臭い大人として見られています。けれど物語の中で二人の姿を追っていくうちに、「変わっていること」が欠点ではなく、その人の核となる魅力であり、プラチナムのように貴重なものなのだと感じられてきます。読み終えたときには、私自身の中にも残っていた「普通でありたい」という小さな呪縛が、少しだけ中和されたような感覚がありました。

【書誌情報】

タイトルあの空の色がほしい
著者蟹江杏【著】
出版社河出書房新社
発売日2024/08
ジャンル文芸(一般文芸)
ISBN9784309031880
価格¥1,980
出版社の内容紹介

お絵描きが大好きなマコは小学四年生。ある日、風変わりな家に住む、近所で変人と噂される芸術家に、絵を習いたいと頼み込むが !? 二人の奇妙な交流を描く落合恵子さん絶賛の感動小説!※紙書籍に掲載されている本文中のイラストは、本電子書籍版には収録されておりません。

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本の概要(事実の説明)

物語の主人公は、小学四年生のお絵描き大好き少女・マコです。ある日、土手沿いに建つ風変わりな建物が絵画教室だと知り、マコは一人でその扉を叩きます。庭には彫刻が無造作に置かれ、建物もどこかボロくて不潔に見えるのに、不思議と心惹かれてしまう。その居心地の良さと違和感が同時に存在する感じが、とても印象的でした。 そこに暮らしているのが、妻子にも見放され、一人で暮らす芸術家・太、通称「オッサン先生」です。美しいものを生み出すために全てを捧げてきたあまり、家族との関係を放棄してしまった過去を持つ彼は、街の人々からは怪しい人として距離を置かれ、子どもたちからからかわれたりもしています。それでも、マコのまっすぐな「絵が描きたい」という気持ちを受け止め、絵画教室を再開するところから、物語は動き出します。 一方で、マコの両親はとても理解があり、世間の「普通」という物差しではなく、マコ自身の感性を大切にしてくれる存在として描かれています。世話焼きのしっかり者の母と、娘の才能を心から信じて見守る父。幼なじみのユウも含めて、マコが極端な孤児状態にならずに済んでいるのは、この家族と友人の見えない支えがあるからだと感じました。 ストーリー全体は、美術教室での時間、学校でのからかい、喧嘩、そしてオッサン先生の過去や家族との確執などを織り込みながら、マコが「好き」を諦めない心と、「普通」と呼ばれるものとの距離感をつかんでいく成長譚として展開していきます。ファンタジックな設定に見えながら、自伝的な要素も強く、児童書に収まりきらない深さを持った作品だと感じました。

印象に残った部分・面白かった点

一番心に刻まれたのは、マコが「変人の家に出入りしている」と上級生にからかわれ、思わずその相手をボコボコにしてしまう場面です。もちろん暴力は良くないことなのですが、自分の大事なものを馬鹿にされたときの怒りと悲しみ、その感情の激しい揺れが、とてもリアルに伝わってきました。あの瞬間のマコの心臓の高鳴りや、血圧が一気に上がるような感覚がこちらにも伝染してきて、ページをめくる手が止まりませんでした。 そのあと、母親がマコに伝える言葉も、強烈なトリガーとして胸に残りました。「変な子じゃない……唯一無二の存在よ」と言われたとき、マコの中で何かがカチッと音を立ててつながるような感覚があったのではないかと感じました。世間から見れば「変な子」とラベリングされそうな特徴を、「唯一無比の良さ」として受け止めてくれる大人がそばにいることが、どれほど心強く、どれほど強力な保護になるのか。そのことを、この短い一言が雄弁に語っているようでした。 オッサン先生の描写も忘れられません。見た目は汚くて酒臭く、生活は台本通りどころか完全にレール外れ。その姿に、正直なところ最初は「大丈夫かな」と当惑しました。しかし、彼が作品に向き合うときの真剣さや、マコの才能を見抜く鋭さ、そして不器用な優しさは、単なる変人ではなく「芸術に人生を捧げてしまった人」の、強烈で矛盾だらけの人間味として伝わってきます。 そして、物語の最後の章。マコが過去の出来事を振り返り、オッサン先生と過ごした時間を「唯一無二の思い出」として抱きしめるような描写に、涙がにじみました。忘れられるどころか、むしろ生涯にわたって心の奥で光り続けるであろう体験。その尊さが、静かで優美な言葉で綴られているのが印象的でした。

本をどう解釈したか

この物語を読みながら、何度も頭に浮かんだのは「普通って何だろう」という問いでした。マコもオッサン先生も、世間が定めた「普通」からは少しズレている存在として描かれています。けれどそのズレこそが、二人の感性や才能、そして人生を豊かにする重要な要素でもあるのだと感じました。 オッサン先生は、家族にも見捨てられ、社会からも部外者のように扱われています。彼の選択は、一般常識から見れば不合理で、場合によっては「最低な父親」と批判されても仕方がない部分もあるかもしれません。しかし、芸術に向ける情熱や、子どもの作品を一人の表現者として受け止める姿勢には、言い訳の効かない真剣さがあります。人生の多くを芸術に捧げてしまったがゆえに失ったものも多いけれど、その結果として生まれる作品やマコとの関係には、決して表面的な優等生には出せない深みがあるように思えました。 一方で、マコの両親は、世間の「普通」を完全に否定するわけでも、逆に振り回されるわけでもありません。娘のマイペースな感性を尊重しつつ、現実の世界で生きていくために必要な最低限のバランスも見失わない。その姿は、現代の親が理想として目指したいスタンスの一つだと感じました。芸術家の極端さと、親の冷静さ。それぞれが持つ欠点や弱点をお互いに中和しながら、マコの成長を支えているように見えます。 つまり、この物語は「変わっている人」を礼賛するだけの話ではなく、「普通」と「変」を対立させずに共存させるためのヒントを、柔らかく提示してくれているのだと思いました。読者は、自分がどちら側だと決めつける必要はなく、「自分の中にある両方の側面」を見つめ直すことをそっと促されているように感じます。

読後に考えたこと・自分への影響

読み終えてまず感じたのは、「好きなことを諦めない心は、誰か一人でも信じてくれる人がいれば、驚くほど強くなれる」ということでした。マコにとってそれは、オッサン先生であり、両親であり、幼なじみのユウでした。彼らはときに喧嘩をし、ときに当惑しながらも、最終的にはマコの「好き」を否定しない側に立ってくれます。その関係性自体が、読者にとって大きな癒しになっていると感じました。 大人になった今の自分を振り返ると、「これは仕事にならないから」「時間がもったいないから」と、自分で自分の趣味や夢を削除してきたことが思い出されます。効率的に生きることだけを優先して、心が震える瞬間を後回しにしてきたのではないか、と少し苦くなる部分もありました。だからこそ、マコがお絵描きに没頭する姿は眩しく、少し羨ましくも感じました。 また、「変な人」に対する自分の目線も、静かに問い直されました。街でちょっと風変わりな身なりの人を見かけたとき、私はどこか心の中で距離を取り、安全な側から眺めてはいなかったか。オッサン先生のような人が、もし自分の近所にいたらどう接するだろうか。この物語は、そうした自分の深層心理をそっと照らしてくれる、影響力のある一冊だと感じました。 そして何より、「子どもの才能は、結果ではなく“好きでい続けること”そのものに価値がある」というメッセージを、私は強く受け取りました。プロになるかどうか、功績を残せるかどうかよりも、その子の中に残る「世界はカラフルだ」という感覚こそが、人生を支える大きな土台になるのだと思います。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

この本は、静かな休日の午後に読むのがとても似合う作品だと感じました。家事や仕事のタスクをひと通り終えて、少しだけ余裕が生まれた時間。お気に入りの飲み物を用意して、窓の外の空を眺めてから読み始めると、タイトルにある「あの空の色」という言葉が、より一層胸に響いてきます。ページをめくるごとに、自分が子どもだったころに見上げていた空の色が、鮮明によみがえってくるようでした。 また、自分の子どもや身近な小学生と関わる機会が多い方にとっては、「自分と向き合う時間」に読むのもおすすめです。読みながら、「もし自分の子どもがマコのようだったら、どう声をかけるだろう」「オッサン先生のような大人に、どこまで近づけるだろう」と、自然と自問自答が始まります。答えは出なくても、そのプロセス自体がとても大切なエクササイズになると感じました。 一人でじっくり読むのも良いですが、読み終えたあとに家族や友人と「普通って何だろうね」と少し語り合う時間を持つのも、素敵な読書体験になりそうです。派手な事件が起こる物語ではありませんが、静かに、しかし決定的に心の奥の何かを揺さぶられるタイプの作品なので、落ち着いた時間帯に読むことをおすすめしたいです。

『あの空の色がほしい』(蟹江杏・著)レビューまとめ

『あの空の色がほしい』は、絵を描くことが大好きなマコと、変人と呼ばれるオッサン先生との交流を通して、「普通」と「変」の境界線をやわらかく溶かしてくれる物語でした。好きなことを諦めない強さと、そのために必要な周囲の支え。子どもにも大人にも、静かながら強烈な気づきを与えてくれる、心底おすすめしたい一冊だと感じました。

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