雨が上がった駅の階段。
前を歩く人の手元で、傘がゆらゆら揺れている。
縦ではない。
下でもない。
横。
しかも地面とほぼ平行。
まるで腰に刀を差した侍のような持ち方。
通称、サムライスタイル。
名前だけ聞くと少し格好いい。
だが、現実はだいぶ物騒だ。
傘の先端、いわゆる石突きが、後ろを歩く人の顔の高さで揺れる。
身長の低い子どもなら、ちょうど目のあたり。
階段やエスカレーターのように高低差がある場所なら、大人の顔にも届く。
本人はただ傘を持っているだけ。
悪意はない。
人を攻撃しているつもりもない。
しかし周囲から見ると、かなり怖い。
自分の目の前で、細長い棒の先端がリズムよく振られている。
しかも、持っている本人は気づいていない。
これが一番怖い。
悪意ある人より、無自覚な人の方が近くにいるぶん厄介なことがある。
傘の横持ちに感じる違和感は、単なるマナー違反への怒りではない。
「自分の体の延長が、他人にどう届いているかを想像していない」
その無関心への怖さだ。
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その違和感の始まり
東京都は、梅雨の時期に増える傘の持ち方について注意喚起している。
都内に住む20歳以上の男女2000人を対象にしたアンケートでは、44%が傘による危害を受けたり、危険性を感じたりしたことがあると答えた。
半分近い。
これはもう、街中の「ちょっとした不快」では済まない。
エスカレーターで傘の石突きが目に入りそうになった。
階段で石突きがみぞおちに刺さった。
そんなケースもあったという。
多くは鉄道の駅。
つまり、人が密集して、段差があり、前後の距離が近い場所だ。
一方で、横向きに傘を持った経験がある人は34%。
理由で最も多かったのは、
「持ちやすいから」
だった。
持ちやすい。
たしかに、持っている本人にとってはそうなのかもしれない。
傘を横にすれば、地面に引きずらない。
かばんに乗せれば収まりがいい。
つえのように突くと先が削れるから嫌だ。
雨が上がって気分がいい。
なんとなくそうしている。
理由はある。
しかし、その理由はすべて「自分の都合」だ。
後ろの人の目。
子どもの顔。
車いすの人の高さ。
階段で近づく人の距離。
そういう視点が抜けている。
ここに違和感がある。
傘は本人にとってはただの荷物。
でも周囲にとっては、先端のある棒だ。
しかも、歩くたびに動く。
自分の便利が、誰かの恐怖に変わっている。
その変換に気づかないまま歩いている。
これが、街中で起きている。
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違和感の正体

この違和感の正体。
それは、
「悪気がないのに、他人の安全を削っている無関心」
だ。
傘の横持ちは、本人にとっては癖かもしれない。
なんとなく持ちやすい。
地面に当てたくない。
かばんに引っかけると楽。
乾いているから横にしてもいいと思った。
その程度の感覚だろう。
だが、周囲から見るとまったく違う。
目の高さに先端がある。
階段では顔面に迫る。
混雑時には避けにくい。
小さな子どもや車いすの人には、ちょうど危ない高さになる。
このズレが怖い。
本人の中では「持ち方の話」。
周囲にとっては「安全の話」。
本人は、
「そんな大げさな」
と思うかもしれない。
でも、東京都の試験では、歩行時を想定して45度の角度で傘を振り下ろした場合、衝撃力は最大240kgfに及んだという。
ピアノ約1台分。
急に話が重くなる。
傘なのにピアノ。
もうジャンルが違う。
しかもその力が、傘の石突きの先端に集中する。
実験では、厚さ約1.6ミリメートルのガラスを粉砕した。
ガラスが割れる。
では、目ならどうなるのか。
考えたくない。
でも考えなければいけない。
ある眼科医師は、街で傘を水平に持つ人を見るたび、問題意識を持っていたという。
子どもや車いすの人の顔の高さで、傘が振り回されている。
眼科医としてヒヤヒヤする。
実際に自身も、階段を上っている時、前を歩く中年男性の傘の先が目の前に迫ってきたことがある。
その場で、
「その持ち方は危ないので、傘は下に向けてください。今、僕に当たりそうになりました」
と注意した。
男性は、
「あ、すみません」
と謝った。
たぶん、本当に悪気はなかったのだろう。
でも、悪気がないから危なくないわけではない。
ここが大事だ。
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違和感になぜ気づけないのか
なぜ傘を横持ちする人は、自分の危険さに気づけないのか。
答えはかなり単純だ。
自分の後ろが見えていないからだ。
人間は、自分の体の前方には注意を向けやすい。
前に人がいる。
段差がある。
水たまりがある。
改札がある。
そこは見る。
しかし、自分の手に持った傘の先が、後ろの誰かにどう見えているかまでは想像しにくい。
特に横持ちした傘は、自分の視界から外れやすい。
自分では危険なものを振っている感覚がない。
手に持った荷物のつもり。
でも後ろの人からすれば、動く棒の先端だ。
この視点の差が、事故を生む。
取材を受けた人たちの声にも、その無自覚さが出ている。
50代のビジネスマン風の男性は、
「気づいたらしているときがある。なんとなくだから、理由を聞かれても困る」
と話した。
さらに、
「気分の良いときにしているような気がする。雨が上がって、心が開放的になっているのかもしれない」
とも答えている。
なるほど。
気分がいい。
雨が上がった。
心が開放的。
そして傘が水平になる。
ウキウキすると手に持ったものを振り回す癖は、できれば幼稚園あたりで卒業していてほしい。
50代の主婦は、
「いつの間にか、この持ち方になっていた」
と答えた。
つえのようにして歩くと、底が削れてしまうからだと思う、と。
人が密集している時は、角度を調節しているはず、とも話した。
「はず」
ここが怖い。
自分では調節しているつもり。
でも、周囲から見て安全かどうかは別の話だ。
40代の会社員男性は、横向きにした傘をかばんに乗せて歩いていた。
傘が乾いている時はそうする。
かばんにはさんでいれば収まりがいい。
縦に持つよりも地面にぶつからないので歩きやすい。
記者が危険性を指摘すると、
「傘の持ち方なんて考えたこともなかった。自分も子どもがいるので、今後は気を付けます」
と答えた。
たぶん、これが本音なのだろう。
考えたことがなかった。
悪気はない。
でも周囲に無関心すぎる。
ここに、傘の横持ち問題の核心がある。
自分にとっては「考えたこともないこと」が、誰かにとっては毎日の恐怖になっている。
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違和感は少しずつズレていく
傘の横持ちで本当に怖いのは、目に当たった時だ。
前出の宇佐美医師によると、かつては先のとがった金属製の傘が多く流通していたため、眼球に穴があく「眼球破裂」が度々報告されていたという。
その後、安全意識の高まりでプラスチック製の傘が主流になり、眼球破裂のような事故は少なくなった。
しかし、プラスチックなら安全というわけではない。
ここにも落とし穴がある。
プラスチック製の石突きは、使い込むにつれて先が削れ、ザラザラとけば立つことがある。
その状態で目を軽くこするだけでも、眼球表面に激しく傷をつける恐れがある。
黒目の部分である角膜が外傷で濁ると、視力が低下したまま戻らないケースも少なくない。
さらに、傘はきれいな物ではない。
地面に近い。
雨水を浴びる。
道路の汚れもつく。
大量のばい菌がついた傘で目に傷がつけば、感染症を起こす可能性もある。
重度の感染性角膜炎になれば、入院治療が必要になることもある。
寝ている間も含めて、1時間に1回目薬を差す。
毎日2回点滴を打つ。
完治まで数週間から数カ月かかる場合もある。
傘の持ち方ひとつで、話がそこまで行く。
「ちょっと横に持っていただけ」
では済まない。
もし誰かの傘の先が目に当たったらどうするか。
痛みが続く。
視力が下がる。
充血や涙が止まらない。
こうしたサインがある場合は、角膜に傷がついている可能性が高い。
仕事を休んででも、一刻も早く医師の診察を受けるべきだという。
病院に行くまでの間は、絶対に目を触らない。
冷やしても意味はない。
感染症のリスクを高めないためにも、とにかく刺激を加えないことが重要だ。
ここまで聞くと、もはやマナーの話ではない。
安全の話だ。
もっと言えば、人間関係の想像力の話だ。
自分の動きが、他人の体にどう届くか。
自分の便利が、他人の危険になっていないか。
それを考えられるかどうか。
ここが問われている。
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違和感とどう向き合うか
では、どう持てばいいのか。
答えはシンプルだ。
傘の先端を下に向ける。
横にしない。
振り回さない。
人が多い場所では、特に意識する。
東京都も、持ち手の先を持って傘を下に向けるよう呼びかけている。
購入時に表示されている傘の長さは、持ち手や石突きを除いた長さであり、実際はもっと長い。
つまり、自分が思っているより傘は長い。
自分の体の一部のように扱うには、少し長すぎる道具だ。
駅。
階段。
エスカレーター。
改札前。
電車内。
商業施設。
こういう場所では、横持ちはやめた方がいい。
自分の後ろに誰がいるか分からない。
子どもかもしれない。
車いすの人かもしれない。
高齢者かもしれない。
目の高さが自分と違う人かもしれない。
特に階段では、高低差がある。
前の人の傘の先が、後ろの人の顔に来る。
ここは本当に危ない。
周囲に注意しているつもりでも、後ろまでは見えない。
だから持ち方そのものを安全側に倒す。
これが一番早い。
もし前の人の傘が危ない時は、できれば距離を取る。
注意できるなら、感情的に怒鳴るより、
「すみません、傘の先が当たりそうで危ないので、下に向けてもらえますか」
と具体的に伝える。
相手がすぐ謝ることもある。
もちろん、逆ギレされる可能性もある。
世の中には傘より尖っている人もいる。
だから無理はしない。
まずは自分を守る。
そして、自分が持つ時にはやらない。
それが一番確実だ。
この問題でSNSに怒りが集まったのも、たぶん多くの人が普段から言いたくても言えなかったからだ。
「その持ち方、危ない」
「いいかげんにしてほしい」
でも街中では言いにくい。
トラブルになりたくない。
だから怒りがネットに集まる。
それほど、傘の横持ちは見過ごされてきた小さなストレスなのだ。
小さなストレス。
でも、当たれば大けが。
この落差が怖い。
人間関係の違和感も同じだ。
本人にとっては小さな癖。
周囲にとっては大きな負担。
本人に悪気はない。
でも被害は出る。
だから、悪気があるかないかだけで判断してはいけない。
大事なのは、危ないかどうかだ。
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「傘の横持ちが怖い理由|悪気なき無関心の違和感」|まとめ
傘の横持ち、いわゆるサムライスタイルは危ない。
地面と平行に持った傘の先端は、子どもや車いすの人の顔の高さに来る。
階段やエスカレーターでは、大人の目やみぞおちにも届く。
東京都のアンケートでは、44%が傘による危害を受けたり、危険性を感じたりしたことがあると答えている。
横向きに持った経験がある人も34%いる。
理由は「持ちやすいから」が多い。
しかし、持ちやすさは安全の保証ではない。
歩行時を想定した衝撃試験では、傘を振り下ろした際の衝撃力が最大240kgfに及び、厚さ約1.6ミリメートルのガラスを粉砕した。
傘の場合、その力が石突きの先端に集中する。
もし目に当たれば、角膜を傷つけたり、感染性角膜炎につながったり、視力低下が残る恐れもある。
これはマナーの話であり、安全の話でもある。
そして同時に、想像力の話だ。
自分の傘が、後ろの人にどう見えているか。
自分の便利が、誰かの恐怖になっていないか。
自分の「なんとなく」が、誰かの目の前に突きつけられていないか。
そこに気づけるかどうか。
悪気がないことは、危険ではないことの証明にはならない。
無関心は、ときどき刃物に似る。
傘は刀ではない。
だから侍にならなくていい。
雨が上がって気分が良くても、心が開放的になっても、傘まで横に解放しないでほしい。
傘の先は下へ。
それだけで、誰かの目を守れる。
梅雨の街に必要なのは、サムライではない。
自分の後ろにも人がいると想像できる、ふつうの人だ。


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