朝、満員電車の中でふと見かけた。
きっちりしたスーツ。無駄のない所作。いかにも「できる人」だ。
でも、なぜか思う。
この人、幸せそうじゃないな、と。
別の日。
古びたカフェで、ノートパソコンを開いている男がいる。
服はラフ。収入は多くなさそう。でも、妙に満たされている顔をしている。
どっちが「勝ち」なのか。
この瞬間に、心の奥で何かが引っかかる。
それが、違和感だ。
その違和感の始まり
むかし、『信長の野望』というゲームがあった。
いや、今もある。

その原点ともいえる「全国版」には、大名ごとに能力値が設定されていた。
統率。
武力。
知略。
そして──「やしん」。

この能力が、どうにも理解できなかった。
そんなもの必要か?と。
だがゲームの目的は明確だ。
天下統一。
つまり、全員が「勝ちに行く前提」で設計されている。
だから「やしん」が必要になる。
でも、そうじゃない遊び方もできる。
税率を下げる。
善政を敷く。
小さくても豊かな国を作る。
侵略ではなく、防衛。
拡大ではなく、維持。
選んだのは、本願寺光佐。
そもそも「やしん」がない。
天下統一なんて、どうでもいい。
そう思った瞬間、ある前提が崩れる。
「勝たなきゃいけない」という前提だ。
違和感の正体
それは、「全員が同じゴールを目指している」という思い込みだ。
高学歴なら高収入になるはず。
努力すれば報われるはず。
賢い人はお金を稼ぐはず。
本当にそうか?
この前提がズレている。
そもそも──
「金なんて、いらなくね?」
この一言で全部ひっくり返る。
高収入を目指していない人にとって、
高収入にならないことは「失敗」ではない。
ただの「選択」だ。
違和感になぜ気づけないのか
人は、周囲と同じ価値観を前提にする。
みんなお金が欲しい。
みんな成功したい。
みんな上に行きたい。
そう思い込む。
でも現実は違う。
お金にはコストがある。
時間。
自由。
精神の消耗。
人間関係のストレス。
場合によっては、
罵詈雑言や不穏な環境すら受け入れる必要がある。
それでも稼ぎたい人もいる。
でも、そうじゃない人もいる。
ただ、それを言語化しない。
だから、ズレる。
だから、違和感が残る。
違和感は少しずつズレていく
最初は小さい。
「あれ、この人優秀なのに」
そこから始まる。
やがてこうなる。
・なぜ出世しないのか
・なぜ稼がないのか
・なぜ挑戦しないのか
そして評価が変わる。
・もったいない
・能力を活かしてない
・意識が低い
違う。
ただ「やしん」がないだけだ。
あるいは、別の方向にある。
自由に生きたい。
好きなことをやりたい。
穏やかに過ごしたい。
その価値観を見落としたまま関わると、
人間関係はズレる。
会話もズレる。
期待もズレる。
結果、モヤモヤが積み重なる。
違和感は、こうやって静かに膨らむ。
違和感とどう向き合うか
まず前提を疑うこと。
「なぜそう思うのか」
高学歴=高収入。
それ、本当に絶対か?
違う価値観を持つ人がいるだけじゃないか。
そしてもう一つ。
自分はどっち側かを知ること。
・お金を取りに行く人間か
・それ以外を優先する人間か
ここが曖昧だと、しんどい。
周りにも、自分にも違和感が出る。
逆にここが定まると楽になる。
他人の選択にイライラしなくなる。
自分の選択にも納得できる。
世界はひとつじゃないと理解できるからだ。
高学歴なのに低収入の違和感|まとめ
高学歴なのに低収入。
それは失敗じゃない。
ただ、「天下統一」を目指していないだけだ。


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