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『曽呂利―秀吉を手玉に取った男』(谷津矢車・著)レビュー|言葉だけで人はここまで操れるのか?

小説・文学

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この本を手に取ったきっかけは、正直に言えば表紙でした。どこか胡散臭く、得体の知れない男の顔に、少し身構えながらページを開いたのを覚えています。読み始めてすぐに感じたのは、派手な合戦や英雄譚ではなく、静かに、しかし確実に人の心へ入り込んでくる物語だということでした。読み進めるほどに、最初は不気味だった曽呂利の表情が、次第に知性と余裕を湛えたものに見えてきたのが印象に残っています。

【書誌情報】

タイトル実業之日本社文庫 曽呂利
著者谷津矢車
出版社実業之日本社
発売日2019/03
ジャンル歴史・時代小説
ISBN9784408554686
価格¥687
出版社の内容紹介

秀吉はん、お耳を貸していただけまっか。堺の町に秀吉を愚弄する落首(狂歌)が放たれた。犯人は鞘師の曽呂利新左衛門。討ち首になるはずだった曽呂利だが、持ち前の才覚で死罪を逃れた挙句、口八丁手八丁で秀吉に取り入り、幕下の一員に収まってしまう。天才的な頓知と人心掌握術で気味な存在感を増す鮟鱇顔の醜男は、大坂城を混乱に陥れ――この奇妙な輩の真意とは一体!? 新感覚歴史エンタテインメント!

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本の概要(事実の説明)

本作は戦国時代を舞台にした歴史小説でありながら、ミステリの趣も強く感じられる一冊です。主人公は、落語の祖とも言われる曽呂利新左衛門。豊臣秀吉の御伽衆として仕え、頓智と話術で主君を楽しませる存在です。物語では、蜂須賀小六や千利休、石田三成といった実在の人物たちが次々に登場し、彼らの運命に曽呂利の言葉が深く関わっていきます。史実をなぞるというより、歴史の隙間に「もしも」を巧みに差し込んだ構成で、戦国史に詳しくなくても楽しめる内容だと感じました。

印象に残った部分・面白かった点

とくに心に残ったのは、曽呂利が放つ言葉の軽さと鋭さの同居です。一見すると冗談や軽口のようなのに、相手が心の奥底に隠していた感情を正確に突いてくる。その瞬間、登場人物たちが動揺し、少しずつ歯車が狂っていく様子が描かれます。武力も権力も持たない男が、言葉だけで歴史の重臣たちを翻弄していく様子に、怖さと同時に妙な説得力を感じました。

本をどう解釈したか

この作品が投げかけている問いは、「人はなぜ、自分の本心を突かれると抗えないのか」という点にあるように思えました。曽呂利は自ら手を下すことはほとんどありません。ただ相手に“気づかせる”だけです。その気づきが、破滅への一歩になることを知りながらも言葉を差し出す姿に、作者の冷ややかな人間観を感じました。善悪では割り切れない、人の弱さそのものを描いているように思えます。

読後に考えたこと・自分への影響

読み終えて強く残ったのは、言葉の力への畏れでした。自分もまた、誰かの何気ない一言で行動や感情を左右されているのではないか、そんな思いが頭をよぎります。同時に、平和な時代には居場所を失っていく曽呂利の姿から、才能や能力が時代に左右される残酷さについても考えさせられました。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

夜、周囲が静まり返った時間に、少し明かりを落として読むのが合う一冊です。ページをめくるたびに、曽呂利の囁きが耳元で続いているような感覚になり、現実と物語の境界が曖昧になっていく。その没入感を、ぜひ一人の時間で味わってほしいです。

『曽呂利―秀吉を手玉に取った男』(谷津矢車・著)レビューまとめ

言葉だけで人の運命を揺るがす男を描いた、静かで不穏な歴史エンタメ。読み終えた後も、曽呂利の笑みが頭から離れません。

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