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『ここはすべての夜明けまえ』(間宮改衣・著)レビュー|なぜこの孤独は胸の奥まで刺さるのか?

小説・文学

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タイトルと装丁の組み合わせが妙に美しくて、手に取った瞬間に「これは静かに刺さるやつかもしれない」と思いました。読み始めると、ひらがなが多い独特の文体にまず戸惑います。けれど、その読みづらさが不思議と邪魔ではなくて、むしろ「わたし」という語り手の幼さや、心のどこかが置き去りのまま進んできた感じを、じわじわ伝えてくるように感じました。 SFが得意ではない人でも、気づけば引き込まれてしまうタイプの作品だと思います。未来の設定や機械との融合手術という要素はあるのに、読み終わったあとに残るのは、ガジェットの面白さよりも、圧倒的な孤独と、言葉にしづらい後悔の熱でした。 読み進めるほどに「これは何を読まされているんだろう」と思いながら、同時に「目を逸らせない」とも感じました。読んでいる間ずっと、胸の奥がじっと痛いまま、静かにページが進んでいく感覚でした。

【書誌情報】

タイトルここはすべての夜明けまえ
著者間宮改衣【著】
出版社早川書房
発売日2024/03
ジャンル文芸(一般文芸)
ISBN9784152103147
価格¥1,430
出版社の内容紹介

2123年10月1日、九州の山奥の小さな家に1人住む、おしゃべりが大好きな「わたし」は、これまでの人生と家族について振り返るため、自己流で家族史を書き始める。それは約100年前、身体が永遠に老化しなくなる手術を受けるときに提案されたことだった

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本の概要(事実の説明)

『ここはすべての夜明けまえ』は、2123年のある時点で「わたし」が家族史を書き始めるところから動き出す物語だと感じました。語り手は、25歳のまま老化しない身体を得る「融合手術」を受け、そこから100年という時間を生き続けています。周囲の人々は年を取り、死に、世界は温暖化などの影を濃くしながら形を変えていく。その流れの中で「わたし」の記憶と感情が、淡々と、けれど残酷なほど具体的に綴られていきます。 読みどころは、SFの設定そのものよりも、「生きる意味の喪失」や「理由のわからない疎外感」が、言葉として積み上がっていくところにあるように思えました。語り手が唯一握りしめている願いが「じんせいでたったひとつでいいから、わたしはまちがってなかったとおもうことをしたい」という一文に集約されていて、そこが読者の心臓を静かに掴むのだと思います。 向いている読者は、SFの派手さよりも、人間の痛みや、家族という関係の歪み、搾取と加害の連鎖みたいなものに目が向く人です。逆に、軽い気持ちで癒されたい読書には、少し重たく響くかもしれません。

印象に残った部分・面白かった点

一番強く残ったのは、語り口が「おしゃべり」のように見えるのに、語られている内容がどんどん壮絶になっていく落差です。ひらがなが多い文章は、読みやすさのためというより、語り手の心の状態や、失われたものの感触を表す仕掛けのように感じました。終盤に向かうほど、文章の見た目そのものが、心の輪郭を曖昧にしていくようで、読んでいて息が詰まりました。 もう一つ忘れられないのは、「自分は被害者である」という地点から、物語がそこで止まらないところです。傷つけられたことが、いつの間にか誰かを傷つける形に変わっていく。その連鎖を、きれいごとではなく、淡々と見せてくるのが怖いのに、誠実でもあると感じました。誰かのせいにしてしまえたら楽なのに、そうやって「せい」を積み上げた先に、結局、自分が同じことを繰り返していた、という痛みが残る。この部分で胸がぎゅっと縮みました。 それでも、最後に「他者に選択を委ね続けたわたし」が、自分の人生を自分で引き受けようとする気配があるのが救いでした。救いというより、ようやく手触りのある「自由」が生まれる瞬間、という感じがしました。

本をどう解釈したか

この作品が投げかけてくるのは、「不老」や「死ぬ権利」みたいなテーマだけではなく、「生きてきたことを、誰が引き受けるのか」という問いだと思いました。テクノロジーが身体を変えても、心の問題は消えない。むしろ人生を複雑にするだけ、という感覚が随所に漂っています。だからSF要素は飾り、という感想が出てくるのも分かる気がしました。 また、家族という共同体の中で、愛情が必ずしも「守る」方向だけに働かないことも描いているように思えました。愛の名のもとに執着が生まれ、守るはずの関係が搾取に変わる。そのことを「わたし」自身も、どこかで理解しているのに止められない。そこに、ただの被害/加害では割り切れない、人間の弱さが出ていました。 そして、最終的に「忘却や改変」を選ばず、「みつめる」ことを選ぶ姿勢が、この作品の芯なのかなと感じました。過去を消して楽になるのではなく、苦しいまま見届ける。その態度が、静かだけど強いと思いました。

読後に考えたこと・自分への影響

読み終えて残ったのは、「自分を救えるのは自分しかいない」という言葉の重みでした。よく聞く言い回しのはずなのに、この作品を通ると、急に現実味を帯びてきます。誰かに愛されること、誰かがそばにいてくれることが救いになる瞬間は確かにある。でも、それだけでは足りない。受動的に流され続けた先に残るのは、納得できない自分自身の時間で、そこから目を逸らさない勇気が要るのだと感じました。 同時に、「どうしようもなかった」という言い訳の甘さにも気づかされました。どうしようもないことは確かにある。けれど、「どうしようもなかった」と言い切ってしまうと、選べたはずの小さな分岐まで全部消えてしまう。その消えた分岐が、罪としても、希望としても、最後に戻ってくるのが苦しいです。でも、その苦しさがあるからこそ、読む意味がある本だと思いました。 「寿命があることに救われた」という感想が出てくるのも、すごく分かります。終わりがあるから、やり直せないから、いまの一歩に意味が宿る。そんな当たり前のことを、痛みを伴って思い出させてくれました。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

この本は、明るいカフェで軽く読むより、夜の静けさの中で、一人の時間を確保して読むのが合うと思います。部屋の灯りを少し落として、外の音が遠くなるくらいの時間帯。読みづらい文体に最初は引っかかるのに、その引っかかりが、だんだん自分の心の深い場所に触れる手つきになっていくので、途中で中断すると戻るのが難しく感じるかもしれません。 もう一つおすすめしたいのは、気持ちがざわついていて、でも理由が言えないときです。言葉にならない違和感や、過去の反芻が止まらない夜に読むと、「わたし」の独白が、読者の中の整理できない感情に触れてしまうと思います。癒されるというより、胸の奥に沈んでいたものが形になる読書です。その分、読み終えた後に長い余韻が残ります。

『ここはすべての夜明けまえ』(間宮改衣・著)レビューまとめ

ひらがなの多い語りは、「わたし」の孤独や幼さ、時間の取り返しのつかなさを、そのまま読者に手渡すための表現だと感じました。SF的な設定よりも、「自分の人生を自分で引き受ける」という一点が、静かに胸に残ります。

『ここはすべての夜明けまえ』というタイトルは、今いる場所がどれほど暗くても、まだ終わりではないという含みを持ちながら、夜明けが必ず救いになるとは限らないことも示しているように思えました。それでも、自分で選ぶ時間は残されているのか――そんな問いを残す余韻ある一冊でした。

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