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『麦本三歩の好きなもの 第三集』(住野よる・著)レビュー|なぜ三歩の「好き」は人生を動かすのか?

小説・文学

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『麦本三歩の好きなもの 第三集』は、久しぶりに会った友だちの近況を聞くような、そんな距離感のままページが進む一冊でした。相変わらずうっかり屋で、言葉はよく噛むし、独り言みたいなツッコミも多い。読みながら「そうそう、これこれ」と思える人もいれば、話し言葉の文体に体を慣らすまで少し時間がかかる人もいるだろうな、と感じました。 ただ、今回の三歩は、いつもの“ゆるい日常”の中に、人生の転換期がさらりと混ざっていて、そこが妙にリアルでした。大きな決断ほど、ドラマチックに語られるとは限らなくて、案外「え、今そこでそれ言う?」みたいに、何気ない顔で差し出される。その空気感が、読者側の心をざわっとさせるのだと思います。 そして何より、三歩の「好き」へのこだわりが、これまで以上に“生き方”へ接続していく巻でもありました。好きなものを守ることは、わがままではなく、人生の舵を手放さないための技術なのかもしれない。読み終えて、そんなふうに思えました。

【書誌情報】

タイトル幻冬舎単行本 麦本三歩の好きなもの 第三集
著者住野よる【著】
出版社幻冬舎
発売日2025/06
ジャンル文芸(一般文芸)
ISBN9784344044425
価格1,776
出版社の内容紹介

シリーズ累計55万部突破!『君の膵臓をたべたい』『か「」く「」し「」ご「」と「』の住野よるが贈る心温まる大人気シリーズ、決断の最新刊!図書館勤務の20代女性・麦本三歩。少しずつ成長しながら、変わらない日常を過ごしていくと思いきや、まさかの岐路に!?

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本の概要(事実の説明)

主人公は図書館で働く20代後半の女性・麦本三歩。シリーズ第3作となる本作でも、職場の先輩後輩、友人たちに囲まれながら、相変わらずの日常を送っていきます。うっかりや噛み癖、独特の言葉遊びは健在で、三歩の内側の声が、そのまま文章のリズムになっているように感じました。 一方で、今回の三歩は仕事に慣れ、家庭教師のバイトをしたり、美容室のエピソードがあったり、少し行動範囲が広がっていきます。周囲に支えられつつも、自分で自分の選択を積み上げていく姿が、前作までよりはっきり見えるように思えました。 そして物語の中心には、恋愛と生活の話が入ってきます。パートナーとの暮らしを想像し、価値観のすり合わせに直面し、自分の名前への愛着にも向き合っていく。夫婦別姓や事実婚といったテーマが急に差し込まれる印象を受けた方もいるようですが、三歩というキャラクターにとっては「好きなものをどう守るか」の延長線上にある選択として描かれているように感じました。 全体としては盛り上がり重視の物語ではなく、淡々とした日常の記録のように進む場面も多いです。その“淡々”が心地よい人もいれば、物足りないと感じる人もいる。レビューが割れる理由は、まさにそこにあるのだと思います。

印象に残った部分・面白かった点

私が特に印象に残ったのは、「三歩の大事な決断が、あまりにも三歩らしい入口から始まる」点でした。恋や同居、結婚を意識するような展開になると、多くの物語は“恋愛の温度”を上げていきがちです。でもこのシリーズは、そこに過剰な盛り上げを入れません。むしろ、読者のほうが「もっと大きく言っていいのに」とツッコミたくなるくらい、さらっと進む。だからこそ、三歩の友人たちの反応に共感してしまう瞬間がありました。 また、名前への愛着が重要な論点として出てくるところも、良い意味で引っかかりました。名字を変えたくない、という理由が最初は幼く見えるかもしれません。でも「麦本三歩」という呼ばれ方そのものが彼女の核になっていると考えると、それは自己主張というより自己保存に近い。自分を構成するものを、簡単には手放したくない。その気持ちは、意外と多くの人に刺さるように思えました。 エピソード単位で言うと、美容室の話が強く残りました。自分にとって居心地のいい場所や、大切にしている空間を、軽く貶されることの不快さ。これは小さな出来事に見えて、日常の尊厳の話だと思いました。三歩が何を嫌だと思い、どう距離をとるのか。その選び方に、成長の輪郭が見えた気がします。 そして家庭教師のエピソードも、本作の“意外性”として面白かったです。勉強ができて、人に教える経験が、後の場面に繋がっていく。三歩はドジで噛み噛みで、頼りない印象が先に立ちますが、決して中身が空っぽな人ではない。そのことを、静かに証明してくれるパートでした。

本をどう解釈したか

この第三集で強く感じたのは、「好きなものがある人は、揺らぎながらも折れにくい」ということです。三歩は未熟で、甘えんぼで、時にあざといと感じる読者もいると思います。それでも彼女は、自分の弱さを自覚していて、誤魔化さない。だからこそ、周囲の人たちに愛されながら、少しずつ強かさを身につけていくのだと思いました。 また、本作で扱われる同居や事実婚、夫婦別姓の話題は、正解を提示するためではなく、「生活は好きだけでは回らない」という現実を、三歩の目線で受け止め直すための装置のように感じました。好きな人と一緒に暮らせば幸せ、とは簡単に言えない。価値観が合わないこともあるし、我慢が積み上がることもある。その“ズレ”を、無理にドラマにせず、日常の質感のまま描いているところに、このシリーズらしさがあるように思えました。 そして、三歩が大事なことを「プレゼン」という形で伝えようとする場面が語られていましたが、ここも象徴的でした。言葉を噛む人が、言葉で勝負する。拙いからこそ、準備し、工夫し、相手に届く形を探す。三歩の“言葉遊び”は軽やかに見えて、実は必死なコミュニケーションの技術なのだと感じました。 読みやすい、と感じる人がいる一方で、読みにくい、疲れる、と感じる人がいるのも、ここに理由があると思います。三歩の頭の中の速度に合わせて読む必要があるからです。でも、その不器用さごと抱えた語り口が、このシリーズの魅力でもある。私はそう思いました。

読後に考えたこと・自分への影響

読み終えて残ったのは、「好きは、逃避じゃなくて支えになる」という感覚でした。好きなものに囲まれている三歩の生活は、ぱっと見はのんびりして見えます。でも、人生の転換期が来たとき、彼女は“好き”を理由に現実から逃げません。むしろ、好きだからこそ考え抜き、選び直そうとします。その姿が、静かに頼もしかったです。 もう一つは、「大事な話ほど、言い方とタイミングが難しい」ということです。三歩は重大な変化をさらっと報告してしまい、周囲から「もっと大々的に言ってよ」と思われる。それは彼女の不器用さでもあり、照れでもあり、たぶん怖さでもある。自分の人生が変わることを認めるのは、嬉しくても怖い。だから、軽い調子で言ってしまう。その気持ちは、私にも心当たりがありました。 そして、合う合わないが分かれる作品であること自体も、ひとつの学びでした。読みにくいと感じた人の意見も、心地いいと感じた人の意見も、どちらも理解できます。だからこそ、読む前に「これは淡々とした日常の中で、いつの間にか人生が動いている話なんだ」と心構えを持つと、受け取り方が変わるように思えました。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

この本は、まとまった集中力よりも、「ゆるく浸る時間」に向いていると感じました。例えば休日の午後、家の中が少し静かになったタイミングで、飲み物を用意して数話ずつ読む。そうすると、三歩の言葉のリズムに体が慣れてきて、ツッコミながら読む楽しさが増していくように思います。 夜に読むのもおすすめです。物語の大事件でテンションを上げるというより、日常の細部に「わかる」「あるある」を拾っていく本なので、寝る前のゆっくりした時間と相性がいい。読みながら、今日の自分の一日も、案外いろんな“好き”で支えられていたのかもしれない、と振り返りたくなります。 もし読み始めて「読みにくいな」と感じたら、無理に一気読みしないほうがいいかもしれません。短い区切りで、三歩の語りに少しずつ馴染んでいく。それができたとき、このシリーズ特有の心地よさが、ちゃんと立ち上がってくるように思えました。

『麦本三歩の好きなもの 第三集』(住野よる・著)レビューまとめ

相変わらずの三歩節のまま、人生の転換期がさらりと差し込まれる第三集でした。読みやすさは好みが分かれる一方で、「好き」を守ることが生き方になる瞬間が描かれていて、三歩の芯の強さがいっそう際立ったように感じました。ゆるいのに、ちゃんと前に進む。そんな三歩を、これからも見守りたくなる一冊です。

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