
『君と読む場所』を読み始めたとき、私は「本にまつわる静かな日常が描かれている物語なのかな」という印象を持っていました。ところが読み進めるほど、登場人物たちが抱える痛みや孤独が、思わぬ深さで胸に迫ってきます。本に救われた経験を持つ人なら、きっとどこかで共感してしまうはずです。 物語の中心となるのは、中学生の有季と、圧倒的な蔵書に囲まれて暮らす偏屈な老人・七曲さん。そして新しく登場する不登校気味の少女・麻友。三人が「本」という媒介を通じて少しずつ歩み寄り、心を寄せ合っていく姿に、私はページをめくるたび温かい気持ちになりました。 読み終えたとき、静かな余韻が胸に残り、本を読むことそのものが「世界とのつながり」なのだとあらためて感じさせられました。
【書誌情報】
| タイトル | 新潮文庫nex 君と読む場所(新潮文庫nex) |
|---|---|
| 著者 | 三川みり【著】 |
| 出版社 | 新潮社 |
| 発売日 | 2019/03 |
| ジャンル | ライトノベル |
| ISBN | 9784101801490 |
| 価格 | ¥605 |
鈴川有季(すずかわゆうき)は、職場体験に図書館を選んだ。一緒に実習する森田麻友(もりたまゆ)は、隣のクラスだが記憶にない。まして繊細で無口な女の子と話すきっかけなど考えつくはずもなかった。ところが、時代小説『さぶ』が二人の距離を近づけることに……。一方、年の離れた「友だち」である七曲(ななまがり)老人が引き籠もりになってしまう。彼の心の扉を開くため、有季はある本を届けるが――人と本を繋ぐ物語。
本の概要(事実の説明)
本作は、前作『もってけ屋敷と僕の読書日記』の続編にあたりますが、今作から読んでも問題なく世界に入っていけます。舞台は、市の中央図書館と七曲さんの「もってけ屋敷」。主人公の有季は本を読むことが好きな中学生で、職場体験で図書館を選んだことをきっかけに、さらに多くの本と人と出会っていきます。 新たに登場するのが、学校に行けない日が続いている麻友。彼女が本をきっかけに少しずつ心を開いていく過程は、とても丁寧に描かれていて、読んでいる私も自然と息をつめて見守ってしまいました。 また、七曲さんの過去や本への執着も物語の重要な軸になっています。本が好きだからこその孤独、守りたい気持ち、譲れない思い——そのすべてが読者の心に響き、本を愛する人なら必ず共感できるポイントが散りばめられています。 読書が好きな人はもちろん、最近本から離れてしまった人にも、そっと背中を押してくれる物語だと感じました。
印象に残った部分・面白かった点
一番心を動かされたのは、やはり七曲さんの言葉でした。彼は決して優しいタイプではなく、乱暴な物言いや頑固さが目立ちます。それでも彼がときどきこぼす本音には、人生をくぐり抜けてきた人間にしか言えない重みがあって、思わず胸が熱くなりました。 「疲れたら死ぬんじゃなくて休めばええんじゃ」という七曲さんの言葉は、とくに印象に残りました。必死で生きようとする麻友に向けた言葉でしたが、読んでいる私自身にも刺さるものがありました。つらいときにそっと寄り添うような、でも甘やかしすぎない絶妙な距離感が心地よかったです。 また、本に囲まれた七曲さんの家で、有季が彼の本に込められた思いに触れる場面も忘れられません。「本は誰にもやらん」と心を閉ざしてしまう七曲さんの姿は痛々しくもあり、同時に、本を愛しすぎるがゆえの不器用さがにじみ出ていて、深い共感を覚えました。
本をどう解釈したか
この物語は、単なる「本好き同士の交流」ではなく、「本が人と人との距離をどう埋めてくれるか」を描いた作品だと感じました。 七曲さん、有季、麻友は三人とも違う孤独を抱えています。しかし彼らに共通するのは、本との距離が近いということ。本を読むという行為は、静かな時間と向き合う行為であり、自分自身を見つめ直す入口でもあります。 七曲さんが本を手放せなかったのは、それが過去の自分そのものだったから。有季が本に救われてきたのは、そこに誰かの言葉が確かに存在していたから。麻友が本に心を開いたのは、登場人物の痛みや希望を自分の中に重ね合わせられたからだと思います。 本作には「読書の効用」が押しつけがましくなく描かれていて、本を読む人が自然と大切にしている感覚をすくい上げてくれるようでした。
読後に考えたこと・自分への影響
読み終えたあと、「本が好きで良かった」と素直に思いました。本というものは、自分の世界を広げるだけでなく、誰かと気持ちを分かち合うための架け橋にもなるのだとあらためて感じます。 麻友がゆっくりと心を開き始めたように、人は本を通して少しずつ変わっていけるのだと思えました。また、有季と七曲さんのように、世代を超えてつながることができるのも、本という媒介があってこそだと感じました。 最後のページを閉じたとき、本棚にある一冊一冊が急に愛おしく見えてきて、「自分の大切な本をもっと守りたい」という気持ちが静かに湧いてきました。
この本が合う人・おすすめの読書シーン
静かな休日の午前中、柔らかい光が差し込む窓辺で読むのがぴったりの作品だと感じました。物語の穏やかな空気感と、自分のペースで読み進められる安心感がよく合います。 また、夜の落ち着いた時間にも相性が良く、部屋の明かりを少し暗めにして読むと、登場人物の心の揺れがより近くに感じられます。読み終えたあと、そっと本を閉じて余韻に浸りたくなる、そんな静けさが似合う物語でした。
『君と読む場所』(三川みり・著)レビューまとめ
本を通じてつながる人間関係の温かさを、静かな筆致で描いた物語でした。孤独や痛みに寄り添う言葉が随所にあり、心がそっと軽くなるような読後感があります。「本が好きで良かった」と素直に思わせてくれる一冊でした。


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