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『人間タワー』(朝比奈あすか・著)レビュー|揺れる「伝統」と心の塔が崩れ落ちる瞬間

小説・文学

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朝比奈あすかさんの『人間タワー』は、運動会の伝統競技「組体操」を題材に、社会の縮図を見事に切り取った連作短編集です。読み進めるほどに胸の奥がざわつき、ページを閉じたあともしばらく考え込んでしまいました。 この物語では、「伝統」という言葉の重さと、それを支える人々の想い、そして崩れそうな心のバランスが繊細に描かれています。特定の立場を肯定するでも否定するでもなく、「それぞれの正しさ」を静かに照らす筆致が印象的でした。 私自身、小学生の娘を持つ母として、運動会のシーンを思い出しながら読み進めるうちに、ひとつの塔が崩れる瞬間の痛みと再生を自分事として感じずにはいられませんでした。

【書誌情報】

タイトル文春文庫 人間タワー
著者朝比奈あすか【著】
出版社文藝春秋
発売日2020/11
ジャンル文芸(一般文芸)
ISBN9784167915940
価格¥800
出版社の内容紹介

二者択一を迫られる世界でもがく小学生。胸を衝く物語!桜丘小学校の運動会で毎年六年生が挑んできた組体操「人間タワー」。しかし危険性が取りざたされ中止に!? 強硬なタワー推進派の珠愛月先生、冷めた目で反対を主張する文武両道な男子・青木、誰もが納得する道を探ろうとする同級生の澪……教師、児童、親、様々な人物の思いが交錯し、胸を打つラストが訪れる!運動会の花形「人間タワー」の是非をめぐるノンストップ群像劇。※この電子書籍は2017年10月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。

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本の概要(事実の説明)

『人間タワー』は、桜丘小学校で毎年恒例となっている組体操「人間タワー」を中心に、6つの短編が連なる構成の小説です。登場するのは教師、児童、保護者、地域住民、そして卒業生。立場の異なる人々の視点を通して、「伝統」と「安全」、「誇り」と「責任」といった相反する価値観が交錯します。 作中では、誰もが「正しさ」を信じて動きながらも、結果として誰かを傷つけてしまう現実が描かれます。教師の葛藤、子どもたちの勇気と恐れ、そして親の複雑な愛情。それぞれの章が独立しながらも、最後には一本の心の軸としてつながっていく構成が見事でした。 教育や人間関係の本質に関心がある方、あるいは“子どもの心の世界”に真摯に向き合いたい親世代に強くおすすめしたい一冊です。

印象に残った部分・面白かった点

最も印象に残ったのは、「反対だけど、やらないことにも反対。」という生徒の言葉でした。危険だから中止、という大人の論理に対して、子どもなりの矛盾を抱えた答え。その言葉に、成長の瞬間のような強さと切なさを感じました。 また、卒業後の生徒が運動会を見に行き、過去の自分と向き合う最終章には涙が溢れました。いじめられていた痛みと、それを超えて立ち直っていく姿が短い文章の中に凝縮されていて、まるで心の塔を一段ずつ積み上げていくような感覚でした。 朝比奈さんの筆致は、淡々としていながらも、登場人物たちの息づかいまで感じさせるほどリアルです。人間の弱さを責めることなく、静かに見つめる視線に優しさと厳しさが同居しています。

本をどう解釈したか

本作で描かれる「人間タワー」は、単なる組体操ではなく、社会という塔の比喩だと感じました。 上に登る者、下で支える者、指示を出す者、それを見ている者。誰もがどこかの段に立ち、何かを背負っている。崩れないために必死で支え合いながらも、いつか誰かが落ちるかもしれない。そんな緊張感が、今の社会の脆さと重なって見えました。 「上の人には選択肢がある、下の人にはそれがない。」という一文は、教育現場だけでなく、会社や家庭、あらゆる人間関係に通じる言葉です。 朝比奈あすかさんは、子どもたちの姿を通じて、私たち大人の世界にも問いを突きつけているのだと思いました。

読後に考えたこと・自分への影響

読み終えた後、私は「正しさとは何か」を改めて考えさせられました。誰もが正しいと思って行動している。それでも、ぶつかり、壊れ、傷つく。大切なのは、壊れたあとにどう立ち上がるか、そして誰かを支えられるかだと感じました。 小学生の娘を持つ母として、「子どもが失敗しても、それを見守る勇気」を持ちたいと思いました。危険だからやめさせるのではなく、挑戦を支える方法を一緒に探したい。そんな思いが心の中に静かに芽生えました。 この作品は“教育小説”の枠を超えて、人生そのものを映し出す鏡のような存在です。

この本が合う人・おすすめの読書シーン

静かな休日の午後、窓から差し込む光の中でゆっくりページをめくりたくなる本です。 外の子どもたちの笑い声を聞きながら読むと、物語の中の小学校がすぐそこにあるように感じられます。 また、心が少しざわついているときにもおすすめです。 登場人物の痛みと回復の物語が、自分の中の「立ち上がる力」を呼び起こしてくれます。読むたびに、自分の中の小さな塔をもう一度積み上げ直すような気持ちになれます。

『人間タワー』(朝比奈あすか・著)レビューまとめ

人間の「正しさ」と「脆さ」を、これほど優しく、そして鋭く描いた作品はなかなかありません。

誰かを支えることの重み、そして支えられることの尊さに気づかせてくれる一冊でした。

小学生の娘を持つ母親として、読みながら何度も胸が締めつけられました。

子どもたちの世界がいかに複雑で、そして繊細であるかを痛感します。

「守る」だけでなく、「信じて見守る」ことの大切さを教えてくれた作品でした。

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