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傾聴は恋愛に効く|自慢ばかりの男がモテない心理の正体

恋愛・結婚の悩み

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恋愛で一番やりがちな失敗。

それは、たぶん告白のタイミングでもない。
LINEの頻度でもない。
服装でもない。
デート代を出すか割り勘かでもない。

「俺を見てくれ」

これだ。

いや、正確に言えば、

「俺、すごいでしょ?」

である。

仕事でこんな成果を出した。
昔はスポーツが得意だった。
友達が多い。
海外にも行った。
こんな人と知り合い。
こんな趣味を持っている。
こんな苦労を乗り越えてきた。

本人はアピールのつもり。

でも相手からすると、だんだんこうなる。

「で?」

地獄の一文字である。

恋愛における違和感って、案外ここから始まる。

話しているのに、会話になっていない。
向かい合っているのに、こっちを見ていない。
質問しているようで、自分の話に戻すための助走にしている。

そういう人がいる。

そして怖いのは、本人に悪気がないことだ。

むしろ本人は、かなり頑張っている。

よく見られたい。
好きになってほしい。
魅力を伝えたい。

その必死さが、なぜか全部“自慢”になる。

ここで役に立つのが傾聴だ。

ただし、傾聴を覚えれば即モテる、みたいな安い話ではない。

恋愛はそんな簡単なガチャではない。

でも少なくとも、
一方的な自慢で相手の心を静かに閉店させるよりは、
よっぽどマシだ。

いや、かなりマシだ。

その違和感の始まり

私には5歳の息子がいる。

家族語りで恐縮だが、ここは避けて通れない。

5歳くらいになると、少しずつできることが増えてくる。

縄跳び。
キャッチボール。
虫や魚の図鑑。
レゴで作った謎の乗り物。
本人いわく、宇宙船。
こちらから見ると、色つきの武装した豆腐。

でも本人は本気だ。

「見て!これ作れた!」

と全力で持ってくる。

特に母親に。

母親は全力で褒める。

「すごいねえ!」
「天才じゃん!」
「よく作ったねえ!」

すると息子はさらに輝く。

もう目がピカピカである。

小さな承認欲求が、リビングを走り回っている。

その光景を見て、私はふと思った。

あれ。

これ、恋愛に慣れていない男性が女性にやるやつと同じじゃないか。

女友達が愚痴っていたやつ。
合コンで何度も見たやつ。
いや、若い頃の自分がやっていたやつ。

あまりの既視感に、脳内で過去の合コン会場が再生された。

薄暗い居酒屋。
ぬるいビール。
唐揚げの皿。
そして、聞かれてもいないのに自分の武勇伝を語る男。

「俺さ、昔けっこうモテてて」
「仕事ではさ、わりと責任ある立場で」
「友達にこういうすごいやつがいて」
「この前、上司に褒められてさ」

その姿は、レゴを持って母親に駆け寄る5歳児と、ほぼ同じだった。

もちろん、5歳児は可愛い。

問題は、大人がそれをやると、そこそこつらいということだ。

違和感の正体

その違和感の正体。

それは、

「恋愛相手に、母親役を求めていること」

だ。

かなり刺さる話だが、たぶんそうだ。

モテない男性が女性の気を引こうとする時、
極端に言えば「自慢を一方的に話す」方向へ行きがちだ。

仕事の話。
昔の成功体験。
交友関係。
知識。
趣味。
人生観。

話題はレゴから車や仕事に変わる。

でも本質は同じ。

「見て」
「褒めて」
「すごいって言って」
「僕を認めて」

である。

これ自体は人間らしい。

誰だって認められたい。

問題は、それを恋愛の場で一方的にぶつけることだ。

相手は母親ではない。

キャバクラでもない。

いや、ふと思ってしまう。

キャバクラって、巨大な大人の託児所なのかもしれない。

「すごーい」
「さすがー」
「もっと聞かせてー」

大人の男性が、5歳児の頃に浴びたかった言葉を、時間制で浴びに行く場所。

言い過ぎかもしれない。

でも、まったく外れているとも言い切れない。

恋愛における“自慢男”の怖さは、
本人が「相手を楽しませている」と思っているところにある。

でも実際は、相手に“褒め係”をやらせている。

会話ではなく、接待。

コミュニケーションではなく、承認欲求の提出。

これでは、恋愛の距離感は縮まらない。

むしろ、静かに離れていく。

違和感になぜ気づけないのか

なぜ本人は気づけないのか。

理由はたぶんシンプルだ。

それで一度はうまくいった経験があるからだ。

子どもの頃。

母親に見せたら褒められた。

「すごいね」
「えらいね」
「よくできたね」

あの成功体験が、体に残っている。

だから、大人になっても同じ型を使う。

好きな女性に向かって、
レゴの代わりに仕事の実績を持っていく。

虫の図鑑の代わりに、専門知識を広げる。

キャッチボールの代わりに、昔のスポーツ武勇伝を投げ込む。

本人の中では、ちゃんとアピールしている。

でも相手からすると、
「この人、私に興味あるんじゃなくて、自分を見てほしいだけだな」
となる。

ここで恋愛の温度差が生まれる。

そして、その温度差はかなり見えにくい。

なぜなら女性側は、すぐに怒らないからだ。

とりあえず笑う。
相槌を打つ。
「へえ」と言う。

男性はそれを「ウケてる」と誤解する。

いや、ウケてない。

社会人として最低限の布団をかけてもらっているだけだ。

人間関係って、そこが難しい。

相手が笑っているから楽しいとは限らない。

相槌を打っているから興味があるとも限らない。

むしろ、優しい人ほど、つまらない話にも付き合ってくれる。

そして限界を迎えた時、静かに消える。

違和感は少しずつズレていく

自慢ばかりの会話を続けると、何が起きるか。

相手の心が、少しずつ席を立つ。

最初は聞いてくれる。

「すごいですね」
「そうなんですね」
「へえ」

でも、だんだん返事が薄くなる。

目線が外れる。
スマホを見る。
話題を変える。
次の予定を入れたがらない。

ここで気づければまだいい。

でも気づけない人は、さらに自慢を足す。

なぜか。

「まだ魅力が伝わっていない」と思うから。

違う。

もう十分伝わっている。

伝わった上で、相手は疲れている。

これは恋愛だけではない。

職場でも同じだ。

会議でずっと自分の話をする人。
飲み会で延々と昔の武勇伝を語る人。
相談されたはずなのに、最後は自分語りで終わる人。

いる。

かなりいる。

しかも本人は悪気がない。

むしろ良いことを言った気でいる。

だが、周囲は静かに消耗する。

こうして、人間関係には小さな不快感が積もっていく。

「悪い人じゃないんだけど、なんか疲れる」

この“なんか”の正体が、たいてい会話の一方通行だ。

違和感とどう向き合うか

では、どうすればいいのか。

ここで傾聴が出てくる。

傾聴とは、ただ黙って聞くことではない。

相手の話を、相手のものとして受け取ることだ。

途中で奪わない。
自分の話にすり替えない。
すぐにアドバイスしない。
「つまりこうでしょ」と雑にまとめない。

これだけでも、かなり違う。

恋愛においては特にそうだ。

相手が仕事の愚痴を話している時。

「俺もさ」

で割り込まない。

相手が趣味の話をしている時。

「それなら俺の方が詳しい」

で上からかぶせない。

相手が不安を話している時。

「考えすぎだよ」

で終了させない。

まず聞く。

「それ、どのへんが一番しんどかったの?」

「その時、どう思った?」

「それは確かにモヤモヤするな」

こういう反応があるだけで、相手は少し安心する。

人は、自分を分かろうとしてくれる人に心を開く。

すごい人より、安心できる人。

派手な武勇伝より、ちゃんと聞いてくれる人。

恋愛で最後に効くのは、案外そこだ。

もちろん、傾聴一本で恋愛が成立するわけではない。

聞くだけで付き合えるなら、世の中のカウンセラーは全員モテ王である。

そんな世界ではない。

でも、恋愛に慣れていない人が最初に身につけるなら、
自慢より傾聴。

これはかなり現実的だ。

少しだけ、自分の会話を振り返ってみるといい。

相手の話を聞いているつもりで、
実は自分の話をする順番待ちをしていないか。

相手を知りたいのではなく、
自分を認めさせようとしていないか。

もし心当たりがあるなら、
いきなり完璧に直す必要はない。

ただ、次の会話で一回だけ、

「それでどうなったの?」

と聞いてみる。

その一言だけで、会話の空気は変わる。

「傾聴は恋愛に効く|自慢ばかりの男がモテない心理の正体」|まとめ

恋愛で自慢したくなる気持ちは分かる。

見てほしい。
褒めてほしい。
選んでほしい。

その気持ちは、かなり人間らしい。

でも、そのまま出すと、5歳児のレゴ発表会になる。

5歳なら可愛い。

大人だと、ちょっと重い。

だから傾聴が必要になる。

相手を母親役にしないために。

相手を褒め係にしないために。

ちゃんと、一人の人間として向き合うために。

恋愛は、自分を見せる場所でもある。

でも、それ以上に、相手を見る場所だ。

自慢を一つ減らして、質問を一つ増やす。

それだけで、少なくとも“合コンで見た黒歴史”からは一歩遠ざかれる。

まあ、完全に過去の黒歴史が消えるわけではない。

そこはもう、心の中でレゴとして供養するしかない。

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